行きつけのある書店をうろついている時に偶然目にとまった。フランス文学の棚だった。『パリのおばあさんの物語』*と題する40ページほどの小さな絵本だ。立派な想定の分厚い本の間に埋もれ、背表紙も数ミリ?程度、ほとんど見過ごしてしまうくらい小さな本だ。かわいそうな本と、思わず手にとって見ると、女優岸恵子さんの翻訳によるものだった。その後知ったところでは、静かな話題となっているらしい。
パリのアパルトマンに住むひとりのユダヤ人おばあさんの話だ。80歳くらいだろうか。長年の苦労も重なって、心身ともにすっかり衰えている。買い物でもお金の計算はすぐにはできない。家の鍵も良く忘れる。自分の誕生日も忘れることがある。ハンサムでやさしかった夫はすでに世を去っている。息子もいるけれど時々電話をしてくるくらいだ。
フランスへ初めて来たころ、言葉もよく話せず、つらい思いをしたことの追憶。第二次大戦中のユダヤ人狩りも経験している。夫はナチスによって捕らえられ、収容所へ送られてもいる。決して楽な人生ではなかった。それどころか、これほど苦難に充ちた人生はそうないのではないか。おばあさんは、いまその最後の道を歩いている。明日のことだけを考えて。
いつの頃からか 周囲に高齢の人たちが増えたことに気づいていた。自分もいずれそうなることは知ってはいるが、まだ大丈夫かと思ったりしていた(笑)。しかし、確実に、そして誰にでも平等にその日はやってくる・・・・・・・・。人生の時間は有限なのだ!
(ここで天の声?あり、「ブログなんてやめてしまえ」。そのとおりです・・・・・・・)
この本を手にしてから数日後、夜更かしのつれづれに見たTVで、『残照 フランス・芸術家の家』なる映画に出会う。これも偶然の出会いだった。登場人物の平均年齢は80歳以上、俳優、画家、写真家、音楽家、作家など、それぞれに才能に恵まれ、栄光の日々を持った人々が、人生の最後の時間を過ごす家だ。ひとりひとりが強い個性をとどめている。
パリ郊外に実際にこうした家があるそうだ。貴族の家を改装した立派なアパルトマンだ。画家のためにはアトリエもあり、ピアノのある立派なサロンもある。しかし、見舞いに来る家族や友人も少なくなって行く。時々、居住者であり、かつて令名をはせた女性ピアニストによるリサイタルも開かれる。入居者は楽しみにしているようだ。ピアニストの指は彼女の意思とは別にとても動かない。若いころは暗譜でひいていたのに。それでも、懸命な努力がしばし空間を充たす。そして、時は確実に過ぎて行く・・・・・・・・
* スージー・モルゲンステルス&セルジュ・ブロック(岸恵子訳)『パリのおばあさんの物語』(千倉書房、2008年) ‘UNE VIEILLE HISTOIRE’ texte par Susie MORGENSTEARN et illustré par Serge BLOCH