時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

注目されるコチニール

2012年06月03日 | 午後のティールーム

 

コチニール(媒染剤使用)で染色されたキルト、ニューイングランド ca.1775-1800
ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵
出所;Phipps p。37
 


  この1年近く、このブログの「コチニール」についての記事へのアクセス、質問が非常に多かった。最初、なにがその背景にあるのか把握できなかったが、寄せられた質問などを通して、ようやく輪郭が分かりかけてきた。ひとつは、日常生活でさまざまに口にしているコチニールなる物質の原料が、あまりなじみのない虫の粉末から製造されていることへの抵抗感であるようだ。もうひとつは、その点とも関連して、コチニールが含まれた食品、化粧品などで、アレルギー症状(アナフィラキシーと呼ばれる急激なショック症状)を起こした症例が数は少ないが報告されたようだ。6月4日の朝日新聞がその点を伝えている。

『消費者庁なぜ「コチニール」注意喚起:重症アレルギー報告で先手』 『朝日新聞』2012年6月3日

  コチニールについては、すでにブログで何度か記しているが、いずれも絵画材料との関連である。元来、コチニールは赤(濃赤色、鮮紅色、クリムソン)の染料、顔料、インクなどの分野で知られてきた。スペイン人が1520年代にメキシコから持ち帰ったのが初めといわれる。ヨーロッパ人が初めて目にした鮮やかな赤であった。そして1550年までにスペインの小艦隊が原産地を明かすことなく大量のコチニールを持ち帰った。コチニールは重要な貿易財となった。ちなみに、このコチニール発見にまつわる経緯は大変興味深い。

 原料はサボテンに寄生しているコチニール虫(えんじ虫の一種)の雌の虫体を乾燥、粉砕したものである。その主成分であるカルミン酸は、アントラキノン誘導体といわれる物質である。コチニールの原料となる虫自体は、今では世界のかなり広範な地域に分布しているが、当初はメキシコからアンデスにかけての地域が主たる産地だった。

 長らく繊維などの染料、絵画などの絵の具に使われてきたが、その後使用範囲は広がり、医薬品、食料の染色剤、口紅、アイシャドーなどにまで使われるようになった。薬剤として服用されていたこともあるらしい。一時はカンパリの色つけにも使われていた。画材としても、洋画の絵具ばかりでなく日本画の絵の具、友禅染の染料にも使われている。しかし、コチニールの名を知っていても、その原料が乾燥した虫体の粉末であることはほとんど知られなかった。特に17世紀には、原料、産地は国家機密のヴェールに隠されていた。

 しかし、これまでは、コチニールが原因でアレルギー症状を起こしたなどの例は、比較的少なかったこともあって、大きな問題となったことはほとんどなかった。合成着色剤より安全と考えられてきた。2001年頃から数は少ないが、アレルギー問題との関連で話題となったらしい。最近ではコチニール抽出の際、除去しきれなかった微量のタンパク質がアレルゲンではないかともいわれている。正確なところはまだ分かっていないようだ。

 食品添加物などを含めて、コチニール自体は人類とはかなり長い付き合いをしてきた物質だ。過度に神経質になる必要はないのではないか。それよりも、日常生活に広範に使われているこうした物質への知識を深め、真の問題がなにであるかに注意を怠らないことが大事だろう。

 

Reference
Elena Phipps, COCHINEAL RED: The Art History of a Color, The Metropolitan Museum of Art, New York, Yale University Press, New Heaven and London, 2010.

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