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クリミヤはついにロシアに編入されてしまった。ウクライナの行方も危うくなっている。プーチンは欧米諸国の手の内を読み切っていた。冷戦が再現することを覚悟の上で、既成事実を積み上げ、予想されたプロセスを省略して、一気に自国へ編入してしまった。ソチ・オリンピック、パラリンピックを成功させた路線上に、周到に企図されていたのだ。電撃的行動だった。
必ずしもロシアに限ったことではないが、このように住民の支持(それがいかに形式上のものであっても)を背景に他国へ編入された領土を、それに反対する自国民の一部あるいは外国勢力が武力行使なしに取り戻すことはきわめて困難だ。今回は、とりわけアメリカの国力低下、ヨーロッパの影響力弱化を見越した上での行動だから、ロシアがクリミヤをウクライナに戻すことはないだろう。ロシアとしては、欧米諸国を相手に長期の冷戦に入ろうとも、手放さない覚悟とみえる。クリミヤに続き、ウクライナのロシア化が懸念される。
ここで恐ろしいのは、ウクライナで局地的、偶発的衝突から戦火が拡大することだ。すでにその兆候は起きている。
新たな冷戦時代の到来?
武力衝突を回避し、最も憂慮される危機段階を切り抜けても、世界は厳しい状況になるだろう。ロシアは隣国中国と結び、アメリカ、ヨーロッパの2大勢力が対決する新たな冷戦の舞台になるのではないか。今回のウクライナ問題に中国がほとんど実質的な関与を見せていないのは、この問題でロシアに貸しを作っておけば、アメリカとの対抗上も有利に働き、さらにロシアが自ら引き起こした問題に追われている間に、中国は大気汚染、官僚腐敗、財政危機などの国内問題に対処するつもりなのだろう。
民主主義は脆弱な制度か
いずれにしても短期の解決は考えられず、歴史は再び冷戦期のような状況になりかねない。問題はこのたびのウクライナ紛争以前から世界の各地で発生していた一連の政治的民主化運動の評価にある。ウクライナがこのような段階に立ち至るまでに、世界には多くの民主主義を求めて、旧政権を打倒し、より民主的とされる新政権を樹立しようとの動きがあった。
ウクライナ問題もその流れのひとつのはずだった。ヤンケロビッチ大統領の専制政治を倒した親ヨーロッパ派が、ロシアの介入を拒否し、民主的な政治体制を樹立しうるかという点に世界の注目が集まっていた。彼らが目指した基本的立場は、政治にまつわる腐敗の撲滅、乱費の防止にあり、政治家たちの専制的、恣意的な政治に代わり、国民が選択した一定のルールに基づく民主主義の体制を築くことにあった。
民主主義が平均して見れば、その他の意思決定に比較して、構成メンバーの満足度を高め、豊かで、平和をもたらすことが多いことは、これまでの歴史の経験から推定できる。世界は概して民主制を希求し、その実現を求めてきた。
しかし、現実の推移はこうした期待を裏切っている。民主主義を求めての新体制が、円滑に生まれることは少なく、その後も混乱し、つまづく例が多い。最近の例では「アラブの春」と呼ばれた一連の民主制を希求する道が、多難な状況にあることを示している*。
西欧以外では育ちにくい?
民主主義への信頼は元来それが生まれた西欧で最も強いが、西欧以外ではそれほどではなかった。しかし、「アラブの春」や今回のウクライナ紛争の発端にみられるように、西欧以外の国々へも少しづつ拡大してきた。しかし、いずれも多難な道を歩んでいる。さらに、中国のような国では民主制は、望ましい国家のモデルとして選択されない。
今回のクリミヤのロシア編入は、プーチン大統領という強力な指導者の主導の下に、強引に進められてきた。中国でも、習近平体制への権力集中が急速に進んでいる。ロシア、中国共に、国民が民主主義を強く望んでいる空気は感じられない。国内外に難問を抱える国が、民主的手続きで問題に対応することは、なぜ難しいのか。最近の動きは、これまで西欧中心に追求されてきた世界のあり方に大きな問題を突きつけている。
こうしている間にも、ウクライナをめぐる情勢は時々刻々変化している。国連もロシアの拒否権発動でほとんど機能しない以上、EU,アメリカなどの対抗措置で事態のこれ以上の悪化を防ぐしかない。ロシア語に堪能なアンゲラ・メルケル首相も、ロシアへのエネルギー依存などもあって、切り札を欠くようだ。ロシアの行動を抑止する国際的な手段は限られている。こうした状況が生まれることは、地球規模で多くのの難題を抱える次世代にとって良いことではない。もう少し、その行方を観察してみたい。
Reference
* "What's gone wrong with democracy" The Economist March 1, 2014.