人の地域的移動、流れは文明の拡大を主導してきた。しかし、このたびの新型コロナウイルスの世界的蔓延のように、感染症の拡大という恐怖を伴うこともある。新型コロナウイルスの自国への侵入、拡大を防ぐために、国境を閉鎖するなどロックダウンの動きが拡大している。移民・難民などの流れを定める条件は大きく変わってしまった。コロナ禍が終息したとしても、従来のような考えに基づく日々は戻らないだろう。外国人(移民、難民)の受け入れも、単なる数の次元にとどまらない、新たな構想が必要になっている。
表紙:『新世界へようこそ』
折しも世界の大国アメリカでは、まもなく大統領選が実施される。共和党のトランプ大統領が再選されると、アメリカの国境の壁は更に高まり、閉鎖的になると懸念されている。
偶然ではあるが、ある一冊の新刊書*を読む機会があった。2018年、ピュリッツァー賞を授与されたエピック・ストーリーを基に、生まれたジャーナリズム分野のグラフィック・ノヴェルである。ストーリーはちょうど4年前に当たる2016年11月8日、ニューヨークJFK空港に到着し、入国申請をしたシリア難民をめぐる話である。
問題理解への新たな手法
この作品のユニークなことのひとつは、グラフィック・ノヴェルという新しい物語手法が採用されていることにある。若い世代の間にコミックが広く普及していることを背景に考えられたものと思われる。グラフィックな手法というと、レヴェルが低いと思われるかもしれないが、最近ではかなり高度な内容の専門書までにグラフィックな手法が使われている。このブログでも移民問題などで、いくつかを紹介したことがある。
この作品のユニークなことのひとつは、グラフィック・ノヴェルという新しい物語手法が採用されていることにある。若い世代の間にコミックが広く普及していることを背景に考えられたものと思われる。グラフィックな手法というと、レヴェルが低いと思われるかもしれないが、最近ではかなり高度な内容の専門書までにグラフィックな手法が使われている。このブログでも移民問題などで、いくつかを紹介したことがある。
ヨルダンでの日々
主人公は2人のシリア人兄弟とその家族、合計7人である。彼らはシリア難民として母国を脱出し、ヨルダンに住んでいるが、新大陸アメリカ、ニューヘイブン(イエール大学の所在地でもある)へと移民を試みる。特に中心的役割を担っているのはナジというティーンエージャーである。彼はアメリカの理想への期待が強いが、難民という状態が生み出す恐怖、とりわけ死への恐怖も強く抱いている。
アメリカへの移動機内
トランプの選挙活動中の発言から入国禁止がいつ発動されるかに戸惑い、移住を見合わせる人、移住の決意をする人など、難民の心は揺れ動く。トランプ政権になると、イスラム教徒への風当たりは厳しくなり、結果としてヨルダンに難民として滞在している祖母や兄弟、従兄弟たちとのつながりも絶たれると考えられていた。彼らがヨルダンを離れる時も、同じ難民たちを刺激しないよう密かに旅立つなど、複雑な心境なのだ。
適応のプロセス
そして、大きな問題なく入国を許されても、その後の新しい文化と環境への順応には多くの試行錯誤が必要になる。移民や難民は入国を認められたからといって、それがその後の安定した生活を保証するわけではまったくない。彼らの苦難は入国した段階から始まるといってもよい。長年にわたり、ブログ筆者はその点を強調してきた。単に受け入れる外国人(移民・難民)の数をを増やすあるいは減らすといった次元の問題ではない。移住してくる人々、受け入れる側の人びと、そして地域とのさまざまな対応の長いプロセスなのだ。アメリカは多民族国家であり、現在でも問題は山積しているが、同時に多くの経験を積み重ねてきている。
多民族国家のイメージ
多民族の共生
それまでほとんど知ることのなかった土地で、家庭というようなものがつくれるのだろうか。英語の習得、仕事を得るための訓練プログラム、ヒジャブを被っての高校入学など、不安は渦巻く。仮の家となった場所の近くを車が静かに通ると、連行されるのではないかとの恐怖に駆られる。現実に接するアメリカは時に親切であり、無知であり、寛容であるかと思えば残酷で、元気づけるかと思えば、胸が張り裂けるような思いをさせる。
それまでほとんど知ることのなかった土地で、家庭というようなものがつくれるのだろうか。英語の習得、仕事を得るための訓練プログラム、ヒジャブを被っての高校入学など、不安は渦巻く。仮の家となった場所の近くを車が静かに通ると、連行されるのではないかとの恐怖に駆られる。現実に接するアメリカは時に親切であり、無知であり、寛容であるかと思えば残酷で、元気づけるかと思えば、胸が張り裂けるような思いをさせる。
入学の挨拶
このストーリーの特色は新大陸へ移り住むシリア人家族の挑戦と成功を描くばかりでなく、彼らが住むことになる町や地域のスピリットを良くも悪くも描いていることにある。トランプ政権下のアメリカにシリアから難民として移り住むという、これまであまり描かれたことのなかった家族の物語である。
こうしたグラフィック・ストーリーに慣れないと、違和感があるかもしれない。グラフィックだと、文字数はきわめて少なくなる。しかし、読み慣れると、単調な文字の列を読んでいるのと異なり、様々な感情移入もできるようになる。
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折しも、10月24日NHKスペシャル*2がシリア難民の苦難を伝えていた。映像だけに本書よりはるかに厳しく鮮烈に迫ってくる。併せて見ると、問題への理解は格段に深まるだろう。
* Welcome to the New World by Jake Halpern & Michael Sloan, Metropolitan Books, New York, N.Y., 2020
*2 NHKスペシャル「世界は私たちを忘れた~追いつめられるシリア難民~」
2020年10月24日(土) 午後9:00~午後9:50(50分)
レバノンに逃れた120万から150万人のシリア難民がコロナ禍で窮地に追い込まれている。臓器売買、売春、家庭内暴力…最も弱い存在の女性と子供たちに密着、世界から忘れられたと訴える難民たちの姿を伝えている。
折しも、10月24日NHKスペシャル*2がシリア難民の苦難を伝えていた。映像だけに本書よりはるかに厳しく鮮烈に迫ってくる。併せて見ると、問題への理解は格段に深まるだろう。
* Welcome to the New World by Jake Halpern & Michael Sloan, Metropolitan Books, New York, N.Y., 2020
*2 NHKスペシャル「世界は私たちを忘れた~追いつめられるシリア難民~」
2020年10月24日(土) 午後9:00~午後9:50(50分)
レバノンに逃れた120万から150万人のシリア難民がコロナ禍で窮地に追い込まれている。臓器売買、売春、家庭内暴力…最も弱い存在の女性と子供たちに密着、世界から忘れられたと訴える難民たちの姿を伝えている。
追記:
2020年10月29日、NHKは現地からの報告として、シリアにおける新型コロナウイルスが蔓延し、悲劇的な状況にあることを報じている。BBCは、シリア避難民キャンプでは、ウイルスが拡大し、制御不能な段階に入っていることを伝えている。戦争、極度な貧困、食料不足、不衛生な環境、医療設備などの決定的不足など、解決がほとんど期待できないといわれる。
2020年10月30日 NHK@nycのコーナーで、2006年にニューヨークへ到着した難民、移民の苦難が報じられていた。世界で行き場がない人々へ、支援の手を伸ばすヴォランタリーなグループの存在と活動に安堵の思いがした。