パステルでの絵を描きはじめました。
あのドガが踊り子を描いたパステル、のハズです(画材が同じでも…、笑い)。
でも、初めてなのに、描いていて、昔懐かしい気持ちもするのです。
ほら、黒板につき物のチョーク。白墨。そして、色チョーク。あれの雰囲気です。
昔、白墨で絵を描いたものです。そして、生活の身近にあった炭でも描きました。
筆を使わず、手で描く、この気分が郷愁を誘うのでしょうか。
指先で、ちょっとぼかしを入れたりするのは、あの「ぬりえ」で、女の子の頬をほんのり染めるときの気分。
あー、思えば、よく描いたものです。
記憶のひとつ。
それは落書きです。釜戸のたきつけを入れる木箱(側面が1m×1.5mはあったでしょうか)に、白墨で描いたときの気分覚えています。
縄跳びをする女の子の絵。
幼い私は考えました。
…確かに縄を飛ぶときは、足がまっすぐじゃないはずだから…。
そう言うわけで、足はカーブしています。でもなんかカーブの具合が変なのに、確かに飛ぶとき、棒たちではおかしいと、年端もいかない私は、棒たちでない女の子を描いた自分に納得していました。
でも、カーブが変…なのです(笑い)。
昭和30年頃の台所の暗がりにあったその木箱の絵、誰も消すことも無く、小学校に進んでしばらくたつと、その「一生懸命描いたのに変な足」のなぞは解けて(今でも再現できます)、クスッと自分に笑いました。
油彩、水彩からパステルへ、なんか白墨に似て、先祖帰りしているようで、指の感触が懐かしいのです。
只今休眠中の「私のスケッチ帖」にパステル画も加えようと思います。
あのドガが踊り子を描いたパステル、のハズです(画材が同じでも…、笑い)。
でも、初めてなのに、描いていて、昔懐かしい気持ちもするのです。
ほら、黒板につき物のチョーク。白墨。そして、色チョーク。あれの雰囲気です。
昔、白墨で絵を描いたものです。そして、生活の身近にあった炭でも描きました。
筆を使わず、手で描く、この気分が郷愁を誘うのでしょうか。
指先で、ちょっとぼかしを入れたりするのは、あの「ぬりえ」で、女の子の頬をほんのり染めるときの気分。
あー、思えば、よく描いたものです。
記憶のひとつ。
それは落書きです。釜戸のたきつけを入れる木箱(側面が1m×1.5mはあったでしょうか)に、白墨で描いたときの気分覚えています。
縄跳びをする女の子の絵。
幼い私は考えました。
…確かに縄を飛ぶときは、足がまっすぐじゃないはずだから…。
そう言うわけで、足はカーブしています。でもなんかカーブの具合が変なのに、確かに飛ぶとき、棒たちではおかしいと、年端もいかない私は、棒たちでない女の子を描いた自分に納得していました。
でも、カーブが変…なのです(笑い)。
昭和30年頃の台所の暗がりにあったその木箱の絵、誰も消すことも無く、小学校に進んでしばらくたつと、その「一生懸命描いたのに変な足」のなぞは解けて(今でも再現できます)、クスッと自分に笑いました。
油彩、水彩からパステルへ、なんか白墨に似て、先祖帰りしているようで、指の感触が懐かしいのです。
只今休眠中の「私のスケッチ帖」にパステル画も加えようと思います。