日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

この線香が消えるまで。

2019-07-31 10:33:18 | 私の雑感あれこれ
ちょっと、艶っぽいでしょう。

花街の花代に似てる?と。自嘲

草取りに庭に出るときの下準備で、蚊取り線香に火をつけながら、の一瞬によぎる。とりあえず10㎝ぐらいにしようか、とか。ちっとも艶っぽくはなく、庭作業の時間を想定しての長さ、なんですけどね。

珍しく4日連続でホットヨガに通ったけれど、今日は工事があるので自宅待機。

ホットヨガに通いながらも、実は体調が万全ではない。
言い訳にはしたくはないのだけれど、即、庭に出る、という勢いが去年より減っている。
ちょっとした坂道で息切れするのは、今に始まったことではないのだけれど、気になりだして、日に何度も血圧計でチェックしている。低血圧が顕著で、脈拍に不整脈マークが頻繁に出る。「何かあったら即医者通い」のタイプではないので、様子見中、なのだけれど、明日ぐらいに近所の医院に行ってこようかな、と。
ネットで検索すると、昨今は不整脈に効果的な薬もあるそうで、まだ突然死はしたくないから、お世話になるのもアリ、と。

そんなこんなで、雑草が目立つ庭ですが、1時間ほども草取りをしてやると、その部分はスッキリ。はっさくの根元のミョウガの葉陰でミョウガがあちこちに花を咲かせようと。もちろん連日の食卓に上っています。
5月に挿し木したバラも、2本はOK、1本は微妙。6月の挿し木バラは、1本は新葉が出てきた。もう一つもきわどいところで頑張っている。
炎暑を乗り切って欲しい。








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世の中 複雑系?

2019-07-31 10:02:02 | 私の雑感あれこれ
ひとつの手続きもややこしかった。ふぅ~
テレビと電話とネットの契約がセットにするとお値打ちという勧誘がいっぱい入ってきてはいたけれど、ややこしくて放置していた。それが光回線の引き込み線云々の工事が必須ということから、テレビ、電話、ネットのプロバイダーの引き落としを一口にまとめることにした。
この話の説明を聞いたのは3月。工事が6月。工事が済んでから、旧契約2口に解除の連絡。1週間ほどで利用ケーブルの変更確認。ルーターを旧会社へ返却。そして、違約金の明細書を○月中旬以降に電話連絡しての取り寄せ。この明細書を新契約会社に送付すると相当額の商品券の送付があるという仕組み。
お客様には負担はありません、と説明されたけれど、↑ の手続きを適宜に滞りなくやり負えなくっちゃ、と気にしつつの日々でした。
ボンヤリしていると、割喰っちゃう気がします。
あっ、これらの諸作業の間に、長く利用していない有料放送の基本契約が継続中であることも発覚。断りの電話を入れて解決。多分

今日は、外壁工事の手直しに来てくださるということで、炎暑だし、、、、とお礼にビール1ケースを準備。お店のポイントカードを使うのなら、クレジットカードはダメ、と。そうですよね。あっちもこっちもポイントとしたら、お店もやっていられないでしょうからね。

これらの話題は、私たちの日常の中に入ってきているけれど、10年前だったらなかった、でしょうね。

こうするとお得、お値打ち、という呼び声があちこちから聞こえてくる社会。
振り込め詐欺にあわないようにしないといけませんね。





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思い立ったら映画館。『アルキメデスの大戦』を観る。

2019-07-30 05:40:54 | 歴史探訪・城巡り
日曜日のテレビで、封切された映画の宣伝で知った作品を、しきりに見たくなって、久しぶりに映画館に行ってきた。
スケジュールはハード。ホットヨガの予約も入っていたので、1時間のヨガの後急いでシャワーをして、上映開始時間に間に合うようにシネマ館へ直行した。
原作が漫画らしい。そもそもこの映画を知ったのは、前日の日曜。なのになんだか、見なくっちゃ、という思いになった。
戦闘力は戦艦から航空機の時代へと変わっていたのに、それでも世界最大の戦艦を作ろうという方向へ向かっていった筋書き(原作は漫画だけれど)がどういう展開で描かれているのか、興味があった。
先月に呉の「大和ミュージアム」で10分の1の戦艦大和が展示されていたけれど、ショップにはプラモデルなどがあって、戦艦の雄姿を讃える風潮が残っていなくもなく、、、と感じたものでした。戦争というものは(日露戦争がそうであったように)戦艦同士の戦い、だから正々堂々と勝ち戦をするには巨大で高性能の戦艦である必要がある、という海軍トップ。空からの攻撃なんて、と。
月曜日の館内はガラガラでした。いつもはテレビでの有料映画視聴ですが、時には映画館へ足を運ぶのもよし、です。
観たい、と思ったら、上映館をネット検索して、即観に行ける環境であるって、贅沢、と思います。ありがたい。





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時代が変わっても、人の考えることって、似たり寄ったり、、、なのだろうか。

2019-07-28 07:05:28 | 私の雑感あれこれ
最近の雑感です。
江戸時代の武家社会のルールに、まぁ~、大変なご苦労だったんだな、と思っていた。参勤交代の費用の莫大なこと。身分に見合った設え、贈答品、行事、どれをとっても「しなくてはならない」に追われて、資金繰りが火の車だったりという実情に、上は上で苦労が絶えなかったのだな、と思っていた。

で、雑談から。
客布団の敷布団を2組処分したと話題にしたら、彼女(Kさん)宅には、客布団5組と来客用座布団10枚(嫁入り時に持ってきたもの)があるという。自分用の雛飾りもあったけれど、それは保育園にもらってもらった。でも、娘用の雛飾りがまだある、と。なんという押入れがいっぱいあるんですね、と返答。
嫁入り道具に来客用座布団10枚があるからには、さぞかし呉服もタンスにしまわれていることでしょう。娘さんの成人式の晴れ着1式に300万円かかった!
とのこと。Kさんは私と同年齢だから、娘さんはうちの子どもと同じ世代です。あのころに300万円をかけるとは、ビックリというか、そういう家庭もあったのだと、思った。我が家は晴れ着で成人式というのはなし、だった。
でも、そんな行事のために散財するという風習が、呉服屋さんを存続させていたのでしょうね。江戸期からの呉服に価値を見出す日本文化が技術のレベルを上げていったという面では、有益だったと思います。
先日見る機会があった、江戸期(?)の能装束の絢爛豪華さには感動モノでした。その刺繍の技は贅沢の極みでした。
より良いものを、という願いにはコスト(費用)がついてくるわけで、贅沢品を身に着けられる人と、そうでない人が存在することになる、それが実情。
ま、それだけの散財できることを楽しむことで、お金を使う人はそれで良し、また提供する人も収益につながるので良し、ということなのでしょうか。

そして、ウン十年後の今、たくさんの呉服はタンスに眠り、客布団は使われることなく押入れを占領している。

江戸期の参勤交代制度などの諸々のしきたりは、仕方のないムダを発生させていたけれど、昭和、平成の時代でも、しきたりから来るコストはついて回っていたんだと俯瞰して思う。

さて、今の自分はどうか?
片付け下手なので、ものは欲しくない。
一番欲しいのは、疲れにくいからだ。
(私の不整脈と夫の(飲酒原因の)低血圧が喫緊の懸案です)

子どもや孫たちの健康と笑顔。
賢い消費者でありたいものです。

昭和の時代から平成前期にかけて呉服屋さんも家具屋さんもずいぶん淘汰されました。ネットでものを売り買いする時代になって、様変わりです。
司馬遼太郎の「菜の花の沖」では、北前船が京都の古着が北陸、東北、蝦夷地の人気商品だったことを、思い起こします。

つけたし。
不用の客布団などは、お寺さんでもらってくれるところがあるようです。
どこでも、というわけではないでしょうが、ネットで探せばいいのかも。
気持ち的に焼却処分より救われるかもしりません。

余談。
私のヨガウェアの何枚かは、ネットでポチリ、です。
で、教室に同じウェアの人が、チラリほらり。苦笑
たくさんの中から、おんなじのをクリックするんだから、私も無難の品をチョイスしているってこと。

最近の傾向として、お金をかけるのは、モノではなく、自分自身に、という傾向がある、とどこかで読みました。ちょっと時流にのっているかしら。苦笑















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あのケースを思い出す。

2019-07-26 06:04:56 | 歴史探訪・城巡り
今、昼間のテレビで盛んにY興業に所属の芸人さんの闇営業問題とその後の対応が取りざたされている。
問題点の追及、解明よりも、視聴者をテレビの前にくぎ付けにできそうだ、と言った観点から司会進行が行われているように見える。
昼間のテレビは、昼間テレビの前にいるだろう人たちを想定して進行するのだから、そんなものなのだろう。

一昨年のことを思い出す。
その組織の100周年記念行事をするかどうか、と検討し、地元出身の俳優さんに講演してもらうことになった。脇役俳優さんで、その時点で私は名前と顔が浮かんでこない人だったけれど、地元中学出身だから応援したいという気持ちもあったのだろう。福祉関係の団体なのに、地元出身だからと言って頼むことにするその俳優さんは適任「?」という気持ちが私にはあった。にわかに福祉にも関心ありますよ、みたいな話になるのってヤダナ~、と。
で、担当者の方のセリフ。「謝礼は○十万円です。事務所に払わないで、彼に直接払ってやろうと思います。事務所を通すと彼への実入りは減るだろうし、、、」と。それが配慮、と言った感覚です。
なんで、そんなセリフを口にするのだろう。脱税に協力するよ、みたいじゃない?咄嗟に違和感を持ちました。
でも、そんなことに目くじら立てなくっても、と敢えてスルーしました。
その俳優さんが、その謝礼をどう処理するか決めたらいいのであって、役所は講演料の領収書をもらえばいいのです。

テレビで話題になっている闇営業って、相手がダークだったから闇営業なのか、芸人としての収入に計上していないからの闇営業なのか、そこのところもあいまいです。また、Y興業の芸人さんが6000人もいるらしいが、社員なのかどうか。民放テレビは、こぞって、たいへんな問題が発生した~と根掘り葉掘り説明している。問題点の的をついているかどうかは別問題。

毎度、マスコミはこんなふうに視聴率が出そうな話題を懇切丁寧に取り上げる。きっと、まだテレビはなかったけれど、かつての、あの戦争に向かっていく時代も、戦争中も、こんなふうに、ラジオや新聞は大衆を席巻する役目果たしたのだろうな、と思ったりもする。
オリンピックまで1年を切った。これからはスポーツの話題の目白押しになるのか。ちょっと、それにも食傷気味の天邪鬼です。






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ミエだろうか。苦笑

2019-07-22 07:28:24 | 健康
60代最後の夏を迎えようとしている。
昨日のホットヨガは、体験2回目のコース(3.0)だった。一生懸命の1時間+10分のおまけコースを終わってヘトヘト。
シャワーの順番待ちで立っているのがヤダな~という気分。
洗髪でシャンプーを使うの省略。こんな気持ちになったの初めて。
着替えて、ドライヤーで髪を乾かした後、ロッカー横のベンチに座りたい、と思ったけれど、荷物が置いてあって、ガマン。
でも、このまま駐車場まで歩いていくのはシンドイ。
受付コーナーで会員カードの返却を受けてから、一角にあるベンチに座った。
皆さんどんどん帰って、ひとりポツンと座っていると「どうしたの~」と言われそうで(苦笑)、スマホをいじって、返信の必要があって腰かけているように、つくろうワタシ。ミエだな~、と思いながら。
変に、「疲れられたのですか?」と気遣われるのを避けたかった。
若い人には、思いもよらない心境でしょうね。

夕方まで、疲労感はあるものの身体の足先までポカポカ。
血圧を測ってみたら、116と67。脈拍も67。
問題なし。
体脂肪率がなかなか改善されず、筋肉が不足しているのだろうな~とは思う。

無理して転倒した経験があるので、ミエはそれなりに、とは思っているけれど。





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昨日は「社会を明るくする運動」のお手伝い。

2019-07-20 08:05:51 | 私の雑感あれこれ
今月は「社会を明るくする運動」月間です。
どれだけ知っている人がいるでしょう?
私も、お役目が回ってきて初めて知りました。法務省の運動だと思うので、全国的に行われているのでしょうね。
タイトルが抽象的だから、意図がなんとも分かりにくい。
で、何をしたか。
スーパーの出入り口に陣取って、買い物客に、ミニチラシ入りのポケットティッシュを配布しました。
保護司会、更生補助助成会(?)と私の所属団体が担当します。
一度、隔離された人たちが社会復帰するときの障害をできるだけ取り除いて、生活がスムーズに送れるような社会になりましょう、という主旨らしいです。
毎年行われていますが、効果がある?とおもっている人はいるのでしょうか。
ま、担当者になった人が、こういう活動があると知って、理解者になっていくにはいいことだとは思います。更生補助助成会の方々は、社会復帰のための施設で暮らしている方々に、ケーキやおはぎを作って持って行ったりもしていたのですが、近年は取りやめになった、とのこと。理由は、多分手作りの食べ物で、万一食あたりでも出たら、責任を負えないから、ということらしいです。
アットホームな手作り品はリスクがあるということなんですね。自治会の餅つき大会で搗きたてのお餅を丸めるときも、ビニール手袋をしなくてはならない時代だから、そんなものなのでしょうか。
決まったことをきちんと実践するシステム(役所の職員の指示通りに動く)はできているけれど、効果の有り無しは問題にしてない、そんな感じがします。世の中、そんなものなのでしょうか。
虐待やハラスメントの話題が頻発しています。役に立つのって、難しいものです。
この運動、タイトルは立派なんですけどね~。




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3日連続のホットヨガ。

2019-07-19 07:35:40 | 健康
旅行から帰った翌日から、3連続でヨガに通った。
40分前に出発して、1時間のヨガ。終わってからシャワーなどするから、帰宅にも1時間弱はかかる。2時間半かな。知り合いと立ち話タイムが入ると、もう少し延長。苦笑 ま、3時間かな。
帰ってからも、心地よい疲労の中で、数独したりして、我ながら優雅~。

午後、食材の仕入れに行こうとすると、近所のスーパーから戻ってきたお隣さんとバッタリ。時候の話題から、食欲がイマイチの話に発展して、、、。食事作りが面倒になりがち、、、と。
私は、近所のスーパーではなく、車でひとっ走りのお店に向かう。
果物、海鮮、肉類がリーズナブルなのです。野菜もお値打ちですが、家庭菜園の野菜が採れ始めているので、目的ではありません。
だから、サザエのつぼ焼きやアユの塩焼き、ヒラメの煮つけ、ビーフシチュー、ローストビーフがリーズナブルにOKなんです。
桃の箱買いもハードルが高くないし、メロンなどもリーズナブル。
お隣さんには、そのお店は大量に買わなくてはならないから、というイメージで避けていたそうですが、、、ああ、もったいない。

そして、そのお店に行くと、ずいぶん昔の知人にバッタリ。海鮮のアレがいいわよ、と声をかけても、手間のかかるものはしない。毎度同じことの繰り返し以外はヤダ、と。60代も後半になると、主婦業もこうなるのかしら。
いろいろ、でしょうけどね。

ホットヨガでは、落ちこぼれ組(組ではなく、ひとりだけ?)のワタシですが、ヨガに通おうと思っている層の人たちの中での落ちこぼれであって、まだ、美味しいものを作りたいという意欲が残っているだけ、元気があるのかな、と。
最近ダメよ、元気ないわ~、の話題には乗らないようにしないと、と自戒。

インストラクターさんが、できていましたよ、とお世辞を言ってくれることをいいことに、汗流してのリフレッシュを続けたいと思う。
いつまで続くかしら。ヨガに同世代仲間がいるのがうれしい。





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きっと大変だろう、と考えている。

2019-07-17 15:48:50 | 母のことなど
母は弟宅で自宅介護生活を続けている。
102歳。
大正5年生まれで、老後は子供家族と一緒に暮らすのが幸せ、という考え方で生きてきた。
だから、今は幸せで恵まれていると思っている。
半身不随になって、トイレにひとりで行けなくなってから、もう7年は過ぎた。
倒れた時点で、もう治療しないで終わりでいい、と言っていたけれど、意識もしっかりあって、身体は不自由だけれど、回復。
途中、転んで圧迫骨折で入院したけれど、お医者さんも驚く頑張りのリハビリで、寝たきりにならずに自宅介護復活。

もう、限界だろうと、実は思っている。
私が担当者になるとしたら、とてもじゃないけれど自宅介護は無理。だから、弟には、いつでも施設利用OKとは伝えている。
だから、弟次第なのだけれど、ギリギリまで頑張っている。
幸いなことに、弟は介護にかかりきりではなくて、週に3,4回は学生時代からのスポーツを続けていて、全国大会にも遠征したりしている。そうしてくれていることが、私にはうれしい。介護で大変なのは了解なのだけれど、大変だ、大変だ、で自分の生活を犠牲にしている感を溢れさせていたとしたら、やりきれないから。
デイサービスやショートステイというシステムを大いに活用しながらの毎日です。
それにしても、もうそろそろかな?と思っている。夜中にペットから起きる音に耳を済ませいる生活も、本当にご苦労さん、だから。

母が自宅で姑の介護をしていたときは、寝たきりになってから逝くまで数か月だった(老衰で94歳没)。今は健康管理が行き届いているから、ずっとまだまだなんだよね。施設を利用するのも、ちっとも疎外されたことにはならないのに、そこのところを理解できないところがある。家族のために裏方に回る役目をしてきた。家族の幸せが喜びだった。家族に囲まれていることが最上のことと思っている。弟夫婦も、母がそう考えていることをわかっている。

母がこういう選択をしていることから、私はいろんなことを学んでいる。
私には同じ選択はない。でも、人間関係に我慢を重ねてきた母の生き方を見せてもらっている、と思っています。母なりの精一杯知恵を使っていると思う。


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2泊3日の車旅。

2019-07-16 07:10:37 | 歴史探訪・城巡り
連休を利用しての予約を入れているので、天候には当たり外れが出る。
今回は、熱海、沼津に各一泊だったのだけれど、富士山の姿にはお目にかかれなかった。
備忘録として記録しておきます。
車で新東名を走る。最初の目的地は、大磯の旧吉田茂邸。カーナビとスマホの両刀使いだから、ナビは盤石。苦笑 世の中便利になったものです。
できたら小田原城も初日に訪問してから宿に向かいたかったのだけれど、高速道路で事故渋滞があり、1、2時間は予定より遅くなってしまった。
雨の中の吉田邸。吉田茂が住んでいたときの屋敷は焼失して、近年建て替えられたものだけれど、終戦後のサンフランシスコ講和条約の当事者であった彼の来歴を紹介してあるので、興味深かった。2階の金の間と称されている富士山の眺望最高の部屋からも曇天しか望めず残念。
アジサイが雨の中できれいでした。また、バラ園もあるのですが、これもお花がいっぱい。我が庭と比べると、、、、と。やっぱり農薬散布の問題でしょうか。
熱海の宿。宿泊予約は相方まかせなのですが、スィートルームでした。
居室部分がクラシカルな布張りの応接セットの20畳超。ウォーキングクローゼットを挟んでその先にベットルームが勿論たっぷりの広さ。トイレが二つ。テレビも各部屋に。あちこちに棚もあり、どこに何を置くか、忘れ物をしないように、が気がかりでした。客室最上階なのに、眺望さっぱり。お天気の良い時にリピートしたい。
小田原城。豊臣軍と北条氏直(北条早雲から数えて5代目)との戦い、小田原合戦の顛末が紹介されていました。北条早雲の一代記を書いた司馬遼太郎の小説「箱根の坂」を夢中になって読んでいた時期があるので、記憶を引っ張り出しながら、展示物を見て回りました。小田原城に隣接して「報徳二宮神社」があり、祭神は二宮尊徳とのこと。境内あたりのカフェでカプチーノを注文。出てきたカプチーノに描かれた模様は、薪を背負った金次郎クンでした。笑
韮山反射炉と江川邸。日本各地の幕末頃の産業の礎を築いたものの一つとして世界産業遺産に登録されたとか。チケット売り場で、重要文化財になっている江川邸とセット購入されますか、と聞かれたので、時間もあるしという程度で、応じた。一昨年に代官屋敷を見たくて、遠州の黒田家という代官屋敷を観に行ったこともあるので、これも意味があるだろう、ぐらいの気持ちでした。
両者の建造物にはちょっと距離がありましたが、車移動なので不都合なし。
江川邸では、ボランティアガイドさんが丁寧に説明してくださり、江戸末期ペリー来航のころの幕府や蘭学を学ぶ人たちの立ち位置を想像しながら見て回ることができました。江川英龍(担庵)という名前も初耳(反射炉を作ろうと幕府に持ちかけた人だと、旅行前の下準備では知っていた)でしたが、佐久間象山や橋本左内などが江川塾に通っていたと。彼のほうが蘭学に置いては先人だったのです。

沼津の宿。同じ系列の宿なのですが、洋室をチョイスしたことで、海辺なのに山側の部屋となる。残念。ま、前日がデラックスだったので、こういうこともあり、と自分を納得させる。苦笑
夕食の金目鯛の煮つけは絶品。網焼きのアワビも実が厚くて満足。だけれど、ボリュームがあり過ぎで、海鮮どんぶりに載っているお刺身を全部は食べきれず残すほど。
もう今の自分は若くはナイ、とヒシヒシと感じる。
3日目は修善寺の源頼家の墓に向かう。
太平洋戦争前後、秀吉の時代の小田原合戦、ペリー来航の幕末、と時代の旅もしているわけで、今度は、どれよりも遡って鎌倉時代、です。
修善寺温泉の町並みは旧来の細い道路の温泉街で、広めの駐車場に車を置いて案内板を頼りに探す。あった、こっち、と思うと、源範頼の墓の間違い。一字違いだから、どっちでも、と思いそうだけれど、そんな人知らない、頼家の墓じゃないと意味がない、と相方。
頼朝の子供が2代将軍頼家で23歳で殺されて、弟の実朝が3代将軍になったのだけれど、実朝も鶴岡八幡宮で狙われ落命。公暁(頼家の子供)の企みかと語られているそうです。頭の中が混乱。頼家も実朝も北条政子の子供。公暁は孫にあたる。そんな身内同士で、命の狙いあいをしていたのが鎌倉幕府だったんですね~。この時代受験がらみでしか知らないもので。トホホ

私にとっての修善寺と言えば、夏目漱石なんですが、夏目漱石記念館に向かったのですが、なぜか道路が寸断されていて、あきらめました。

ああ、充実した歴史旅でした。
空間の移動もさておき、時間の移動が頻繁で(苦笑)、備忘録として残しておきます。
日本のどこを訪問しても、偉人の歴史館が作られていて、学芸員さんやボランティアさんの案内が用意されているって、この国も豊かになったものですね。

雨模様の日が続いているので、庭への水やりの心配はありませんでした。
ナエマの一枝を切ってキッチンの窓辺に。






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