柴又帝釈天の参道ウオッチング
直線に非ず、”くの字”に曲がっている、これがいいらしい!!
☆ 柴又帝釈天が、何故・・寅さんの故郷に選ばれたか!?
山田洋次監督が柴又を知ったのは、『下町の太陽』を監督する際、
作家の早乙女勝元氏に教授してもらうために早乙女宅を訪問。
早乙女氏宅からすぐそば近くの帝釈天を、案内されたのが大きなヒントになった。
山田監督は、この参道に惚れたのであろう!?
☆ 参道が直線でな、”くの字”にやや曲がっているところが良い
門前が、緩やかに湾曲する通りに沿って、
店頭対面販売形式の店が連続し、伝統的な情緒や賑わいを演出する
独特の雰囲気を醸し出している。
明治以前の木造の建築、まとまり良く残す門前で貴重な参道、
団子、せんべい、ギヤマン、達磨、雪駄、竹細工など販売するなど
独特の下町風情があります。
下町風駅舎の≪柴又駅≫を降りると寅さん像が迎える。
訪れた人は、ひと目で【アッツ・柴又寅さんの町】と、思いを新たにする。
柴又用水の「柴又橋=石の小橋」を渡ると参道です。
右側の角地の木陰に、
「私生まれも育ちも、葛飾柴又です………」の、歌の文句の名セリフにお目にかかる。
柴又街道を挟んで本格的な参道です。
帝釈天二天門は、ここから凡そ100mほどですが、見る事は出来ない。
柴又名物の草団子を売る店が両側に並ぶ。
およそ50mほど進むが、二天門は此処からは見えません。
川千家の鯉の水槽付近に差し掛かると、二天門が姿を現す。
この付近が、緩やかに湾曲する”くの字”付近です。
柴又は、江戸川が近く川魚料理が有名でした。
文人墨客がこよなく愛して食し、いろいろな著書の文面に出てきます。
参道を100mほど進むと、二天門を通して
見事な彫刻を施した本殿・境内をにぎやかす松を見る事が出来ます。
「寅さん会館」にて、帝釈天参道を模した風景です
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