時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールとの出会い

2005年02月18日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

日本で初めての「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」展

  まもなく国立西洋美術館で「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」展が開催される。この謎に包まれた画家との出会いは、私にとっても少なからぬ因縁がある。思い起こすと、発端は1972年のことであった。当時仕事でパリに滞在していた私は、オランジェリーで開催されていた「ラ・トゥール特別展」の掲示を見て、早速出かけることにした。すぐに分かったことだったが、この特別展は1934年に同じオランジェリーで開催された展示に続く、ラ・トゥールの作品の大部分を集めた画期的なものであった。

 館内に入り、それまで部分的にしか見たことのなかった一連の作品を見ている間に、私は謎が多く、底知れぬ深さを持ったこの画家の作品にすっかり魅了されてしまった。それまでにもラ・トゥールの絵は、ルーブルなどでいくつかの作品に接する機会があり大変好きなものだったが、画家の背景などはまったく知らず、この展示が今日までのめり込むきっかけになるとは思いもかけなかった。
  
 ふりかえってみると、ラ・トゥールの作品の大部分が一堂に会したこの機会に出くわしたのは大変幸運であったと思う。というのも、ラ・トゥールの現存する作品はヨーロッパ、アメリカ、日本などの各地に分散しており、個人の所蔵もあるため、その作品に接することはかなり大変だからだ。ルーブルはさすがに例外だが、それでも数点しか所蔵していない。かくして、その後も機会があれば、なにをおいても見に行くという「追っかけ」になってしまった。この時求めた「大工聖ヨセフ」などのポスターは、長らく私の部屋の壁にかけられ、しばしの憩いを与えてくれた。  
  
深く沈潜した作品群
 ラ・トゥールの絵は、いずれも深い静謐感をたたえた作品が多く、絵の置かれた環境・雰囲気が見る者の印象に大きく影響するように思われる。そのため、作品の所在が世界各地に分散しているというのは、マイナス面ばかりではないといえるかもしれない。確かに、ルーブルのように名作が林立する中、人混み(日本と比べるとはるかに少ないのだが)の間から見たラ・トゥールと、レンヌやナンシーあるいはベルリンの静かな雰囲気で見たラ・トゥールは、印象がかなり違うような感じがする。

オランジュリー展   
 これも幸いであったことは、オランジェリーでの特別展が開催された1972年に、日本におけるラ・トゥール研究の第一人者である田中英道氏(東北大教授)の『ラ・トゥール─夜の画家の作品世界─』(造形社、1972年)、「冬の闇―夜の画家ラ・トゥールとの対話―」(新潮社、1972年)が刊行され、大きな感銘を受けた。これも特別展とはまったく関係なく、偶然手にした書籍であった。その後、内外のラ・トゥール研究はかなり進展をみたが、日本においては、田中英道氏のこの著作に匹敵するものは著されていない。しかも、30年余前に、これだけの内容をもった著作を世に問われた氏の力量には、ひたすら感服するばかりである。  
  
 ラ・トゥールとは、そのほかにも個人的に因縁めいたことが数多く、美術や美術史を専攻したわけでもない私が、今日まで飽きることなく追いかけている理由になっている。作品や私生活を含め、謎に満ちた画家だけに、とりつかれると下手なミステリーを上回る面白さに引き込まれ、しばしば本業を忘れて?のめりこんできた(その断片がこれから時々登場する)。
  
 専門工房が作る立派な複製画を求める余裕はとてもないが、(オランジュリー特別展で求めたポスターもさすがに古くなり)、昨年テート・モダーンのショップで買い求めた「生誕」Newly Born Child, Le Nouuveau-Né の複製ポスターが仕事場の壁にかかっている(テートはラ・トゥールの作品を保有していないが、ポスターの売れ行きは大変良いと聞いた)。


Reference
http://www.nmwa.go.jp/index-j.html

Photo: Courtesy of Musee des Beaux-Arts, Rennes

Georges de La Tour. 1972. Orangerie des Tuileries, 10 mai-23 septembre 1972, Ministère des Affaires Culturelles, Réunion des musées Nationaux.

コメント (2)
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