アンダークラスの反乱
フランス全土に拡大した暴動は、夜間外出禁止令の発動など予想もしなかった事態へと展開した。短期的に強権で押さえ込むことができたとしても、長期的にいかなる結果につながるか、予想がつかない。唯一、はっきりしたことはフランスの移民統合政策が完全に失敗に帰したということである。フランス政府は、早急に根本的な政策見直しに迫られた。
11月13日、EUのバローゾ欧州委員長も、最大10億ユーロ(約1400億円)を支援するとの声明を出した。問題の広がりという点で、もはやフランス一国の問題ではないとの認識が広がったのだろう。フランスの危機はEUの危機につながる。 一時はジャーナリスティックにとりあげられていた「国境なきヨーロッパ市民」といった概念が、いかに空虚で現実と遊離しているものかを知らされたといってもよい。
バンリューの惨状
問題の根は深い。The Economist の最近号November 12th-18th 2005が、巻頭で次のごとき衝撃的な事実を記している:
「人並みの生活をしていない郊外では、一種のソフトな恐怖のルールが支配している。多くの若者が学校を出た後、仕事もなく将来になすすべもないとなると、社会への反抗に走るという状況が生まれる。しばらくの間政府が秩序を強制し、福祉給付で悪化をしのいだとしても、どれだけ持ちこたえるだろうか。」
この発言の主は誰か。ほぼ10年前、1995年1月、中道右派の政治家ジャック・シラクが記した言葉である。シラク氏はまもなく同年5月、フランス大統領に就任しているのだ。大統領として今日までこの荒廃した「郊外」banlieuには、それなりの施策を講じてきた。しかし、10年近い彼の任期においてフランスの失業率は、ほとんど10%近辺を右往左往してきた。若年者の失業率は近年は、その倍近くの20%で、ヨーロッパ諸国の中でも最も高い部類である*。さらに「郊外」における若いモスレムの失業率はさらにその倍近い。
今回の暴動について、シラク大統領の発言はあまり聞こえてこない。ただ法と秩序の回復を述べているだけである。 短期的にはそれしかないことは確かではある。言葉が少ないのは、警察力など強権を持って暴動を抑え込んだとしても、為政者としてはそれが問題の解決にはならないことを無残な形で知らされたからであろうか。
複雑な原因
今回の暴動がひとつの原因から発生したものでないことは、今後の対応を非常に困難にしている。若者の暴動の対象は、フランス社会が生み出した「見えない壁」に向けられている。いわば「見えざる敵」への反乱ともいえる。
すでにメディアでも指摘されているように最も重みを持つのは、ほとんど2世代にわたり、パリその他の都市の「郊外」において、社会的、経済的に、疎外、隔離されてきた主として北・西アフリカからのモスレムの人々の問題である。貧しい住宅環境、荒れた学校、交通手段の不整備、周辺からの蔑視、そしてこれらが重なりあった結果としての若者の雇用機会のなさが、根本的かつ総合的に再検討されねばならない。しかし、その修復には、いつまでかかるか分からないのだ。
フランス国内に居住するモスレムは約5-6百万人、人口の一割近い。暴動参加者にモスレムは多いが、モスレムでない若者も多く、イスラーム急進派などによる政治的扇動などはないようである。これは、わずかな救いかもしれない。
最重要課題は雇用
政策再構築の上で重要度が高いのは、若者のための仕事の創出である。この点について、今年5月に就任したド・ヴィルパン現首相も強調してきた。アメリカやイギリスは成長を維持し、新たな雇用機会を生み出してきたが、フランスは成功を収めていない。仕事のない若者にやり場のない憤懣が鬱積していたことはいうまでもない。 他国と比較して、週35時間労働、高い最低賃金、厳しい採用・解雇規制などが再検討の俎上に上ろう。
シラク大統領は最近もアングロサクソン型の市場経済およびリベラリズムを批判し、「新たな共産主義」と評した。暴動に油を注いだといわれるサルコジ内相も、評価はさまざまだが、右派、左派を問わずほとんど無視してきた「郊外」への政策を実施してきた数少ない政治家であった。 競争原理をさらに導入するアングロサクソン型の流れへの傾斜が、事態を救う保証はない。市場原理は、「アンダークラス」と呼ばれる階層へ厳しく当たる。 こうした人々が市場資本主義の一層の展開の中で救われるか、はなはだ危うい。
フランスは基軸としてフランス語を話し、フランス文化を受け入れ、フランス人となる「同化」(アンテグラシオン)といわれる政策を設定、推進してきた。そのひとつの結果として、国家にも自分の生い立ちにもアイデンティティを見出せない若者も生まれた。
移民政策の見直し
いずれにせよ、フランス政府は、移民政策を見直し、全体の人数を管理する方向へ舵を切りなおす方向らしい。 1)熟練労働者、2)企業家、3)研究者、4)大学教授など の分野ごとに受け入れ人数枠を設定するようである。 いわゆる単純労働者の受け入れについては、結果的に移民の貧困や失業の定着につながるとの発想が改めて認識されたようだ。EUの共通移民政策も、これまでのような路線では進めないかもしれない。
ドビルパン首相は、教育、雇用、住宅の3分野での政策強化を表明している。これは、政策対象としては正しいと思われる。しかし、短期的な即効性は期待できない。そして難題は効果測定がきわめて難しいことである。政策が不十分ならば、いつ同様な事件が勃発するかもしれない。フランス、そして近隣諸国は今まで以上に細心な配慮をもっての政治運営を迫られるだろう。
*フランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、25-39歳で、移民の失業率は2004年で21.0%。世帯収入も1万ユーロ(約140万円)強とフランス大都市平均の約6割。
フランスの総人口約6000万人。国勢調査(1999)では「移民」(外国で外国人として生まれたフランス居住者(フランス国籍取得者も含む)は約431万人で7%強を占める。フランスでフランス人して生まれた移民の2世、3世を含めると1348万人。移民1世の内訳は、アルジェリア、モロッコ、チュニジアなどマブレブ3国出身者が約130万人。南欧出身者127万人。
Reference
"An underclass rebellion", The Economist November 12th-2005
http://www.economist.com/index.html