アメリカ上院の状景
移民(外国人労働者)は、今日、多くの先進国にとって対応がきわめて困難な問題となっている。いまだ記憶に新しいフランスの「郊外暴動」の根源も移民問題にあった。
アメリカでも不法移民問題は、いまや内政の最大焦点といってよい。ブッシュ大統領が昨年11月、包括的移民法政策の構想を打ち出して以来、議会での議論、そして移民法改正に反対するデモが全国規模で白熱化している。
収斂しない上院・下院の議論
下院はすでに昨年12月、移民法改正案を可決した。その主たる内容は、カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、デキサス州に延べ1116キロに及ぶフェンスを設置し、不法移民のみならず使用者、ブローカーなど援助した者にも罪を科する。今は民事法違反の不法滞在を、改正法では重罪の刑事法違反とし厳罰を科す。全般に不法移民に厳しい政策である。
他方、上院では3月27日、マッケン・ケネディ両議員が提案した法案を根幹とした移民法改正案を可決した。法案提出者が変わり、ヘーゲル・マルティネス法案と呼ばれている。この法案は下院通過の法案と異なり、不法移民に一定期間、労働を許可し、その間に永住権取得などの手続きを認めるもので、ブッシュ大統領の構想に近いものである。下院案に比較すると、移民に寛容である。
上院では本会議の審議に移り、可決すれば上下両院協議会で双方の法案を修正し一本にまとめる過程に入るが、双方の隔たりは大きく難航が予想される。
非現実的な認識
現実がきわめて複雑なだけに、議論もなかなか収斂しない。議員など関係者の認識が非現実的なことも多い。移民受け入れ論者は、不法移民はアメリカ人がやりたがらない仕事を目指してくると述べている。あたかも移民労働者のいない都市は、庭師もいないような話である。確かにカリフォルニアなどでは庭師はほとんど移民ではあるが。
他方、移民受け入れの反対論者は、不法移民はアメリカ人労働者の仕事を奪うと主張してきた。これも、仕事の数が固定されていて、移民と国内労働者がとりあっているようなおかしな話になっている。賛成、反対論者ともに、不正確な現実認識や思い込みがある。
議会の外では、全国的に大規模なデモが展開している。参加者はヒスパニック系を中心とする不法滞在者やその支持者が多い。その数は予想を超えて大規模なものとなっている。1986年に移民法を改正し、300万人近い不法滞在者にアムネスティを一定条件で認めたことがあったが、当時は今回のような大規模な反対は起きなかった。
アムネスティの難しさ
しかし、その後不法滞在者の数は1200万人と推定されるまでに増加した。前回の法改正によって、不法入国しても、じっと耐え忍んでいれば、いつかはアムネスティが発動されてアメリカ市民になれる道が開かれるかもしれないという期待が、不法滞在者を増加させた可能性も指摘されている。
背景には1日あたり2300人近くが、入国に必要な書類を保持せずに国境を越えて不法入国している現実がある。ほとんどは、アメリカで働くことを目的としているが、テロリストが紛れ込む可能性は否定できない。
かねてから、外国人(移民労働者)の人口に占める比率が一定レベルを越えると、急激に問題が増加するともいわれてきた。フランスの場合もそうであったが、不法移民を放置しておけば、問題が発生した場合の対応は一段と難しくなる。
国内に滞在する移民が増えるほど、選挙票への影響など、政治家にとって圧力となり、望ましい対応を歪めるような要素も増えてくる。アメリカでも中間選挙との関係で、この問題が論評されている。移民を票田に取り込みたい議員候補者は、移民(とりわけヒスパニック系)に傾斜する。
移民法改正反対デモが予想外に多数の動員となったことにも、ヒスパニック人口の増加が明らかに影響している。近年ではヒスパニック系社会でのメディアも発達し、迅速な情報伝達ができるようになっている。ヒスパニック系住民の大人の87%はラジオ、TV,新聞などのスペイン語によるメディアに頼っているといわれる。
判定が難しい移民と賃金の関係
移民と賃金の関係は、理論・実証ともにあまりはっきりしない。現実が複雑であり、条件を正確にコントロールして比較することが困難なためである。結果として、誰もが納得する実証結果を得ることが難しい。すぐに反論・異論が生まれる。たとえば、移民の多い都市と少ない都市を標本として比較した経済学者カードの実証研究も、誰もが納得しているわけではない。標本抽出にバイアスがあるなどの批判が生まれている。一見、客観的な経済分析にしても、テロリストの問題など政治的要因が加わると、政策は急速に保守的方向に傾いてしまう。
おびただしい数の調査研究が行われてきたが、十分説得的な実証成果は得られていない。ただ総合してみると、長期的な視点に立てば、低コストの移民労働者の増加は労働市場にとってネガティブな影響が増すと懸念されているが、当面は国内の熟練度の低い労働者の賃金には、あまり大きな影響を与えないと推定されている。しかし、これとても誰もが納得しているわけではない。
グローバル化の時代とはいえ、国境を挟んで数倍の賃金水準の格差がある上に、9.11以降のテロリストへの対応などを考えると、国境管理が負わされた任務はきわめて重いものとなり、移民政策はどうしても政治経済的な視点が必要になる。
アメリカの移民法改正がどこに妥協点を見出すか。アメリカの行方を定める基本軸にかかわるだけに、しばらく目を離せない。