4月20日の「アイルランド・モデルの可能性」*の記事で記したが、EU諸国を隔てる国境は、そう簡単にはなくならない。日本のジャーナリズムには、「EU拡大=国境開放」という構図がすぐにも実現するような論調が多い。さらに「開放」は「良い、前向き」、「制限」は「悪い、後ろ向き」という思い込みに支配されている。しかし、この理解はあまりに単純すぎる。
複雑な過程
EUは域内の人の移動の自由を定めており、本来ならば市民はどの加盟国でも自由に働ける。しかし、EU拡大に伴う混乱を回避するため、2004年5月のEU拡大時に、旧加盟国については暫定措置として2年間の移動制限を認めた。この措置は地中海のマルタとキプロスを除く新規加盟8カ国と、新規加盟国以外では(イギリス、アイルランド、スエーデンを除く)12カ国が採用した。この暫定措置はこの4月末で終わるが、さらに3年間の延長、2年間の再延長が認められている。この措置は、加盟国間での賃金格差が大きいなどの理由で、認められている。
開放の難しさ
今年4月末でEU拡大からまる2年が経過するが、多くの国が期限延長を行った。ドイツとオーストリアは09年まで3年間の制限延長をEUに通告した。ベルギーやデンマークなども一定の緩和策は導入するが、制限は延長する。CPEのストが学生や労働側の勝利に終わったこともあってか、フランスは完全自由化は見送り、制限撤廃は建設業やレストランなど人材の確保が難しい業種に限定している。
新たに移動制限の撤廃に踏み切るのはスペイン、ポルトガル、フィンランドの3カ国にとどまる。EU拡大時から移動の制限を設けていないイギリス、アイルランド、スエーデンは、制限撤廃が直ちに低賃金労働者の急増にはつながらないと強調してきた。
コストとベネフィット
確かに、イギリスやアイルランドの経済的パフォーマンスは、大陸諸国を上回っている。しかし、労働市場の開放だけが成功の要因とは断定できない。各国はさまざまな受け入れに伴うコストとベネフィットを秤量した上で、開放か制限かの選択をしている。
グローバル化は寄せては返す波のようだ。簡単には国境開放という方向へは進まない。国境をめぐるせめぎ合いは、これからも続くだろう。国民国家の本質にかかわる問題だけに、簡単には決着はつかない。一人のグローバル・ウオッチャーとして、当分その動きからは目が離せない。
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http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/d/20060420