時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

パリ:行列のできる展覧会

2007年03月06日 | 絵のある部屋


  パリにはいくつの美術館があるのか正確には知らないが、平日でも行列のできる所は稀である。世界中から観光客が押し寄せるあのルーヴル、オルセー美術館でも、よほどの特別展でもないかぎり、平日の入館に30分以上も並ぶということはない。

  この2月から3月にかけて、1時間近い入館待ちだった二つの美術展がある。ひとつはこのブログでも話題としてきた「オランジェリー、1934年:現実の画家たち」であり、本日で閉幕である。もうひとつは東洋美術の国立ギメ美術館で開催されている「アフガニスタン秘宝展」 Afghanistan: les trésors retrouuvés である。それぞれ期待にたがわぬ素晴らしい展示であった。後者については改めて書くことにする。

  「オランジェリー」展は30分から1時間待ちであった。春とはいえ、寒風が吹きすさぶ屋外に延々長蛇の列が見られた。この美術館は内部はすっかり改装され、モネの「睡蓮」の大展示室の完成もあって、モネ好きの日本人に大変人気の場所である。しかし、ほとんどの日本人観光客はモネがお目当てであり、特別展が長い行列の原因であることを知らないようだった。「モネって人気があるのね」という会話が頻繁に聞かれた。

  しかし、会期の間、パリ市内にはいたるところに、ジョルジュ・ド・ラトゥールの「天使と聖ヨゼフ」とレネ・マグリッテのローソクとトルソをテーマとした「オランジェリー、1934年:現実の画家たち」特別展のポスターが掲げられていた。サンジェルマン・デプレ界隈の著名書店でも、分厚いカタログが平積みになって関心を集めていた。

  フランスの美術館は、フラッシュを使わないことと、他の観覧者の鑑賞を妨げないかぎり、館内の撮影も認めるという寛容な所が多いが、この特別展は撮影禁止である。 特別展の入り口を入った所に、1934年の展示を3D再現した映像が上映されていた。1934年展示当時の再現をかなり強く意識した今回の特別展である。その反対側には、34年展の際の企画のプロセス、募金、コメントなどを示す多数の書簡や資料まで展示されていて興味深かった。しかし、この特別展の設定意義、前評判を知って来館していた人たちがどれだけいただろうか。この導入部を興味深く見ていたのは、フランス人でも全般に年齢の高い層の人々であった。多くの入館者は、すぐに作品の方に流れていたのは、「1934年展」の再評価にテーマ設定を行った主催者にとっては残念なことだったろう。

  しかし、展示作品はさすがに素晴らしい第一級品が並んでいた。ジョルジュ・ド・ラトゥールやル・ナン兄弟の「発見」の契機となったといわれる「1934年展」の再生の意図は十分に達成されていた。ラトゥールの作品は何度となく対面しているが、とりわけエピナルの「妻に嘲笑されるヨブ」Job raillé par sa femme、ストックホルムの「枢機卿帽のある聖ヒエロニムス」Saint Jerôme pénitent など、比較的訪れる機会の少ない美術館からの出展は有り難かった。しかも十分に細部まで見ることが出来て、大変充足感は高かった。ニコラ・プッサンの「自画像」Portrait de l'artiste などが、部屋の出口にさりげなく掲げられていたりして、主催者の心配りを感じた。

  ル・ナン兄弟の作品も、その後の研究の成果も付け加えられ、大変興味深い。この画家には、ラトゥールとは別の関心を抱いて注目してきたので、楽しんで見ることができた。「農民画家」と言われてきた彼らが、作品に意図したものはなんであったのか。誰が注文主であり、なにを描こうとしたものか。「労働」、「市民」という観点からみると、この画家には新たな興味が生まれる。

  この「2006-07」年展については、今後さまざまな論評もなされるだろう。多くのことを考えさせる素晴らしい展示であったと思う。それらの点については、いずれ記すこともあるだろう。今はただこの歴史的な展示に接し得た幸運の余韻を味わいたい。


Photo: Y.Kuwahara

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