オランジェリーの特別展は終了したが、パリにはもうひとつ長い行列ができる展覧会が開かれていた。国立アジア美術館(通称ギメ美術館)が開催している「アフガニスタン:再発見されたカブール国立博物館の秘宝」という特別展*である。2002年に開催され、高い評価を得た「アフガニスタン:1000年の物語」を受けての特別展示である。
こちらは4月末までの会期だが、平日でもえんえん長蛇の列である。このギメ美術館は特別の思いがある場所だ。かつて、仕事でパリに長期に滞在していた頃、この美術館のあるイエナ広場、美術館と道を隔ててほとんど直前にあったホテルに、次の住居が決まるまでかなり長く滞在していた。いつもギメ美術館を見下ろして、催事の垂れ幕や案内を眺めていた。暇ができると道を渡って見に行っていた。1分で美術館という環境だった。特に入口を入ったところに設けられていたクメール美術の展示が抜群にすばらしかった。日本の仏像とも異なる穏やかな彫像を眺めていると、騒がしい俗界からはまったく別の世界にいるような感じを受けた。それまでほとんど知ることがなかったクメール美術への理解と、その文化を生みだした人たちへの尊敬の念が生まれ育っていた。このあたりの景観は今もほとんど変わっていないが、当のホテルはオフィスとアパートに変わってしまっている。
今回のギメの特別展は、平日なのに入館するまで約1時間近い行列であった。ここは、日本人観光客はきわめて少ない。ルーヴル、オルセー、オランジェリーなどの西洋美術の展示へ行ってしまうからだろう。この長い待ち時間をじっと耐えて待つ人々の背後には、展示内容の素晴らしさがすでにさまざまに伝わっていることに加えて、アフガニスタンが今日直面しているきわめて困難な状況への思いがあることはいうまでもない。長い列に並んでいる間、このブログでも話題とした「カイト・ランナー」のカブールの情景が眼に浮かんできた。
もうひとつ驚いたのは、入館後も参観者の数を厳しく制限していることであった。受付から最初の展示品を目にするまで30分近くかかっただろうか。その意味はすぐ分かった。
展示の前半に素晴らしい出品のオンパレードがあった。そのかなりのものは、豪華絢爛たる金銀、ラピスラズリなど貴石を散りばめた装飾品である。文字通り目を奪われる品々が、ウインドウ内に展示されている。観客は吸いつけられたように動かなくなる。特に発掘された高貴な人々たちが身につけていたまばゆいばかりの装飾品の豪華さは想像を超えた。これらを前にすると、とりわけ女性は磁石にひきつけられたように動けなくなってしまうようだ。皆、待ち時間の長さを忘れて見入っている。すごい迫力を持った出土品の数々である。1メートル進むのに5分くらいかかった。
出土品は、アフガニスタンの1000年の歴史を象徴するかのような光彩を放つ財宝の数々である。今回の展示品は、220点近くに及ぶといわれる。フロル Fulol, アイ・カノウム Aï-Khanoum, ティラ・テペ Tillia-Tepe ベグラム Begramの4ヵ所から発掘された品々である。出土品は想像していた以上に豪華で、われわれがあまりよく知らない中央アジアから北インドにわたるアフガニスタンの王朝の栄華の歴史を物語っている。青銅器時代からクシャン王朝 Kushan Empireまでの歴史をカヴァーしている。
アフガニスタン文化は多様な文化の影響を受けてきた。イラン、中近東、インド、中国、そしてヘレニスティックな文化を取り入れてきた。そのために、東西文明を取り結ぶような強い力がある。出品された品々をひと目みるだけで、この地が東西文明を広く取り入れ、その十字路にあったことが直ちに分かる。
カブール国立博物館がフランス、日本などの協力を得て発掘、収集してきた貴重な出土品だが、そのありようが安泰とはほど遠いものであることを歴史は物語ってきた。今回の展示品の中には、度重なる戦火の中で、焼失、略奪などでほとんどが失われたといわれたカブール国立博物館の所蔵品のいわば精華とも言うべきわずかな品々が、博物館員などの良心と努力で、密かに隠匿されてきたものが、含まれている。アフガニスタンの現状に鑑みると、その将来は決して楽観できない。そのためにも、この貴重な人類の財産を確実に次の世代へと継承して行く上で、こうした特別展は大きな意味を持つと痛感した。
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Afghanistan, rediscovered treasures, Collections from the national museum of Kabul 6th December 2006 – 30th April 2007