時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ロレーヌの春(11)

2007年03月26日 | ロレーヌ探訪


「プチ・ヴェルサイユ」があるリュネヴィル  

  今回のロレーヌの旅で、リュネヴィルはヴィック=シュル=セイユとともに、時間をかけてみたいと思った場所のひとつだった。ラ・トゥールが画家として生涯の最も重要な時期を過ごした所である。妻であるディアヌ・ネールが生まれ育った土地でもある。  

  彼らがその生涯を過ごした17世紀、ロレーヌの政治地理的状況は、きわめて複雑であった。当時のロレーヌ公国の全域を海にたとえるならば、そこにメッス司教区、トゥール司教区、ヴェルダン司教区という異なった司教が管轄する政治地域が、あたかも島のように複雑に存在していた。ジョルジュが生まれ育ったヴィック=シュル=セイユはメッス司教区の「飛び地領」に、妻となったネ-ルの生まれ育ったリュネヴィルは、ロレーヌ公の政治管轄下にあった。  

  ヴィックとリュネヴィルが実際にどのくらい離れており、いかなる状況にあったのかを、現代の目で見てみたいと思った。驚いたことに両地間の距離は、直線では30キロメートルくらいしかない。大変近いのである。そして、ヴィック、リュネヴィル、ナンシーはいわば三角形の頂点のように、ほぼ等距離に位置している。

  ラトゥールは、結婚後の1620年から没年の1652年まで、パリなどへ一時移動していた時期を除くと、多くの時間をリュネヴィルの工房で過ごしたとみられる



           
 
  リュネヴィルの唯一最大の見所は、18世紀最初にロレーヌ公国のレオポルド公がジャーマイン・ボフランに委嘱し、ヴェルサイユを模して造営した宮殿である。レオポルド公はルイXIV世の大の信奉者であった。実は、リュネヴィルでは、これに先だって1612年頃に、アンリII世による城の構築が行われていたが、その後30年戦争の戦乱によって、跡形もなく破壊されてしまった。従って、今日残る大宮殿はレオポルド公が当初企図し、その後拡大されたものである。 

  宮殿は一見して、プチ・ヴェルサイユと分かる。町の宣伝文句も「ロレーヌのヴェルサイユ」である。レオポルド公は派手好みで、ダンス、ギャンブル、劇、狩猟などが好きだったこともあって、この宮殿は当時のロレーヌ公国貴族層の社交場となった。その後、公国最後の王スタニスラス公も好んで滞在し、宮殿の装飾、庭園の充実を行った。ヴォルテール、モンテスキュー、ヘルヴェチウスなども滞在したらしい。正面の銅像は、ロレーヌ公かと思ったら、ワグラムの闘いで戦死したラサール元帥の像だった。

            

  大変残念なことは、2003年の1月にこの宮殿で火災が発生し、折からの強風にあおられて宮殿が保有してきた貴重な収集品の多くを失ったことである。その後、最低でも10年はかかるといわれる修復作業を行っているが、今回訪れた時点では、これもヴェルサイユを模した教会堂部分がようやく修復が終わったところであった。写真でも分かるように、大火災の傷跡が痛々しく残る宮殿は、その背後に広大な庭園が展開しているが、やや荒れていて往時の華麗さが薄れているのが残念である。


          
            Photo Y.Kuwahara

  ジョルジュが生まれ育ったヴィック=シュル=セイユと比較すると、訪れてみた印象はあまり活気が感じられない。町の中心にある宮殿は壮大なのだが、修復中で人影がないこともひとつの原因のようだ。リュネヴィルの現在の人口は約2万人で、ヴィックよりはかなり大きい。ラ・トゥールの時代は、ヴィックの方が繁栄していたようだ。

  リュネヴィル市としては、10年計画で大火によって焼失、損傷した宮殿の修復工事を行っているが、資金難もあって遅々として進まない。ヴィック=シュル=セイユと同様にラ・トゥールを観光、活性化の目玉のひとつとしているが、頼みの作品や資料なども散逸しており、めぼしいものがない。リュネヴィルは17世紀、30年戦争などの主戦場となったこともあって、荒廃がすさまじかった。そのためもあって、ラ・トゥールの時代を偲ばせる跡がきわめて少ない。いくつかの周辺情報から往時を推察するしかない。この点、美術館を作ったヴィックの方が先を行っている。   

  今日残っている1630年代のリュネヴィルの市街図を見ると、河川と城郭でしっかりと守られた町であった。レオポルド公が造営し、現在に残る大宮殿ほどではないにせよ、かなり立派な宮殿があったものと思われる。今に残る宮殿生活の銅板画などを見ていると、盛時の栄華をしのぶことはできる。すっかり色あせて荒れ果てている宮殿を前に、しばしロレーヌ公国栄華盛衰の歴史をしのんだ。

コメント
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