Francis Russell. A City in Terror.: The 1919 Boston Police Strike. Penguin Books Ltd.Harmondsworth,Middlesex, 1977.pp.256.
デニス・ルヘインの「運命の日」The Given Day は、ボストン市警ストの勃発に向けてのプロセスをキーノートとするフィクション(歴史小説)として描かれた。かなり忠実に歴史的事実を踏まえているとはいえ、現実と虚構(フィクション)の間には、当然差異がある。フィクションが持つ面白さもある(発刊以来、すでにいくつかの紹介、書評が行われている)。他方、現実に起きたことは、概略次のような展開であった。
1919年9月9日、ボストン市の警察官のほとんどが突如職場を放棄した。動機は劣悪な労働条件の改善要求であった。続く2日間、70万人以上のボストン市民は暴徒たちのなすがままに放置される事態が生まれた。白昼、商店が略奪され、婦女子が襲われ、歩行者が殴打されるという蛮行も頻発した。その反面で市民たちがただ事態を傍観したり、警官たちに拍手を送るという光景も見られた。州兵が動員され、ほとんど無名のマサチュセッツ州知事カルヴァン・クーリッジが事態の収束のために動き、ほとんど一夜にして国民的ヒーローとなった(クーリッジは、後に1923-29年にかけて、アメリカ合衆国第29代副大統領、30代大統領に選ばれた)。
この歴史的事件のリアリティの方に関心を持つ方は、ここに紹介するフランシス・ラッセルのノン・フィクション『恐怖の都市:1919年ボストン警官スト』(A City in Terror; The 1919 Boston Police Strike、残念ながら翻訳はない)をお勧めする。デニス・ルヘインが『運命の日』を執筆するに際して最も頼りにした文献である。
フランシス・ラッセルはこの時期を子供として過ごし、ボストンにも居住するなど、この出来事の一部始終を克明に描き出した。大戦間期のひとつの歴史的事件を軸として、激動する時代の空気を伝える貴重な資料となった。
ルヘインの『運命の日』は、サム・ライミ監督による映画化が決まっているといわれる。映像化されれば、文字ではイメージしにくい臨場感、時代の雰囲気がもっと明瞭に伝わってくるだろう。いわば舞台回し役として登場する往年の名選手ベーブルースの雄姿?もイメージしやすいだろう。小説では、ボストン・レッドソックスからニューヨーク・ヤンキースへ移籍する段階までが描かれている。根強く存在した白人、黒人の間の偏見、人種差別の側面も、生き生きと描かれている。
他方、フランシス・ラッセルのノンフィクションは、事件の忠実な再現であり、実際にいかなることが起きたのかを生き生きと伝えている。当時の歴史的文書、関係者のヒアリングなどに基づき、学術的文献としてもきわめて貴重な作品に仕上がっている。多数の写真が収録されており、臨場感を深めてくれる。写真の中には、職場放棄する警官たち、暴徒が蹂躙する街中、自衛のためにピストルを携行する従業員ガードマン、交通整理に乗り出す市民ヴォランティア、鎮圧にあたる騎馬警官や州兵、視察にあたるクーリッジ知事など、興味深いショットが多数掲載されている。
ところで、ブログ読者の中には、なぜこの本を読んだのかと疑問を呈される方がおられるかもしれない。実際に本書を手にしたのは、ペンギン・ブックスとして刊行された1977年(ハードカヴァー版は75年)、イギリスにおいてであった。すでに30年近い前のことである。当時、警官、消防夫などの市民の安全を守る公務員の団結権、団体交渉権、争議権などが、大きな問題となっていた。半ば職業上の関心の延長?として手に取った。しかし、「事実は小説より奇なり」で読み出すと、たちまち引き込まれた。しかし、30年後に再びこんな形で思い出すことになるとは、考えもしなかった。
警察官という公共部門の労働者が、争議行為に入るという出来事がいかなる対応と結果を生んだかという興味深い事例である(ちなみに、日本では警察官、消防士、刑務官、自衛官などの団結権、団体交渉権は認められていない)。彼らの労働条件はいかにして維持・改善されるのか。人手不足が深刻化する今後、問題が新たな形で再燃する可能性は高い。事件はおよそ90年前のこととはいえ、今日との距離はきわめて近い。
目次
Contents:
A Personal Recollection
The Year of Disillusion
The Bosteon Police Department
Overture to a Strike
Summer's End in Boston
On a Tuesday in September
The Riots
Law and Order
After the Strike
The Ghost of Ccollay Square
Postscript in baltimore