George de La Tour. The Denial of St Peter, 1650, oil on canvas, 120 x 161 cm. Musee de Beaux-Arts, Nantes
9月1日午後7時のBS「迷宮博物館」に、「発掘された名画」として、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが取り上げられていた。1915年、17世紀以来、歴史の闇の中に埋もれていた、この画家を「発見」したヘルマン・フォスに言及がなされ、日本のラ・トゥール研究の先駆者でもある田中英道氏が短時間ながら出演した。あの名著『冬の闇』でラ・トゥールを日本に初めて本格的に紹介した世界的な研究者である。折角、この大家にご出演いただくのならば、もっと時間をとってお話をうかがいたかった。
番組で紹介された作品は「生誕」、「悔悛するマグダラのマリア」、「否認するペテロ」の3点だった。
「聖ペテロの否認」は、前回記事にした「悔悛する聖ペテロ」と同じジャンルに属する作品だが、ペテロのモデルは異なっている。ラ・トゥールの作品の中では、年譜が記載されている例外的なもので、1650年というのは画家が死去する2年前であった。
この作品「聖ペテロの否認」については、すでにブログに記したこともあるが、画面左側で召使の問いを受けるペテロの姿と、画面右側のダイスの賭けに興じる兵士たちの姿の2つの場面が、画面を分けていて一見散漫な印象を与えるかもしれない。しかし、そこにはこの画家の深い思慮が働いている。
蝋燭を掲げる召使の問いに、ペテロはキリストとの関係を否認した。この意味で、左の対話の場面は、きわめて深刻な精神的な緊張感をはらんでいる。他方、右の画面は俗界の争いの情景である。しかし、よく見ると、右端の兵士はいぶかしげな視線をペテロの方に向けており、作品を見る者は再びペテロと召使の場に引き戻される。ペテロの心は大きく揺れ動いている。
この構図の設定には、ラ・トゥールが生涯にわたって検討してきた「カードプレイヤー」や「女占い師」などの蓄積が生かされているといえよう。画家の晩年の作ということを考えると、さまざまなことを考えさせる作品である。
「迷宮博物館」が終了した後、臨時ニュースは福田首相の突然の辞任表明を伝えていた。日本はついに先が見えない「迷宮」入り、長い闇の時代へ入りそうだ。