時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

時はすべてを水に流すのか

2009年03月22日 | 移民政策を追って

 不法滞在していたフィリピン人のカルデロン・アラン夫妻と日本で生まれた子供のり子さんの不法滞在問題は、新聞、テレビなどの主要メディアが取り上げたことで、かなりの社会的反響を呼び起こした。  

 3月16日、森英介法務大臣は、不法入国で国外退去を命じられたカルデロン・アランさんの長女のり子さんの在留を特別許可した。「特定活動」の在留資格で、1年間、日本にいる親類が一緒に暮らすことで、日本での生活が可能と判断した。今後は正規在留者として、在留資格の更新もできる。ちなみに、カルデロンさんの妻は06年に不法在留で逮捕され、執行猶予付きの有罪となった。そして、昨年9月には一家の国外退去処分が確定していた。 判断根拠は明示はされていないが、夫妻が他人名義の偽造旅券で、それぞれ92年、93年に入国したという経緯が、今回の裁定になったようだ。

 両親が強制退去になると、最低5年は入国が認められないが、一定期間を置いて、子供に会うためなら、上陸を特別に許可する用意があると法相は伝えたらしい。親子3人にアムネスティ、特別在留許可を与えよとの支援活動も強かったようだが、結果はこのようになった。査証期限を越えての滞在ではなく、夫婦ともに偽造旅券での入国は、その動機からしても、まぎれもない犯罪行為である。15年近い年月が経過しているから在留を認めてもよいのではという議論は、他の同様なケースへの影響という点でも、現状では説得力に欠ける。日本にひとりで残る娘さんにはつらい生活となるが、日本としても法の厳正、公平な適用、そして国家の威信を保つ必要がある。現在の状況ではぎりぎりの裁定といえよう。

 しかし、これまでの数々の事例でもそうであったが、問題は残されている。個々のケースごとに、新聞、テレビなどのマスコミ主導で世論が揺り動かされ、多大なエネルギーを浪費するのは好ましいことではない。一般市民が判断するには、情報も不足、偏在しており、ともすれば感情論に流される。いつものことだが、この時とばかり、人道的立場を強調する有力マスコミの論説は、「在留を許すべきケースだ」とするものが多いが、しばしば論理がつながらず、感情に流され、冷静さを失っている。メディアの社会的責任は言うまでもなく大きい。

最大の問題
 
ブログでも以前から再三主張してきたが、最大の問題は日本の移民(出入国管理)政策の不透明性にある。今回のケースについても、法務大臣の在留特別許可が与えられる場合について、より明確なガイドラインが提示され、関係国などに周知徹底の努力がなされていれば、多くの関係者が振り回されないですんだに違いない。事例が増え、以前よりは多少は状況が見えるようになったが、透明度が著しく低い。

 日本に「ニューカマー」と呼ばれるアジアや南米諸国からの外国人労働者が働きにくるようになって、すでに20年以上の年月が経過している。もっと早期にガイドラインが適切に開示されていれば、日本で生まれ育ち、日本語しか話せない子女が苦難を背負う前に、よりよい解決があり得ただろう。こうした事態がいずれ生まれるであろうことは、はるか以前から指摘されていた。明瞭なガイドライン、政策の提示は、不法入国への抑制措置としても、有効な対策となるはずだ。  

 不法滞在者は、外国人労働者の問題の中では、対応がきわめて難しい。本質的に「隠れた労働者」だからだ。日本では出入国管理政策の厳格化、不況の影響などもあって、近年その数はかなり減少したが、ひとたび露呈すれば、今回のように難しい問題を突きつけられる。

揺れるイギリス 
 たまたま、イギリスの不法滞在労働者についての記事を読んだ。概略を紹介しておきたい。イギリスは日本と同様に島国であり、出入国管理の点では恵まれている。不法入国者のほとんどは、英仏海峡を渡ってくる。ボーダーパトロールは過去5年間で、88,500人を拘束し、送還した。それにもかかわらず、イギリスを目指す不法移民の数は増加している。  イギリス政府は、2001年時点で430,000人の入国に必要な書類を所持しない不法滞在者がいると推定していた。不法入国者、査証期限を越えての滞在者、難民申請をしたが認められなかった者、そして彼らの子供たちから成っている。  

 3月9日にロンドン市長がロンドンスクール・オブ・エコノミックス(LSE)のスタッフに要請した報告書が提出された。それによると、その数は725,000人とかなり増加している。それによると、難民申請が不許可になった者が帰国していないことが増加のかなりを占めているらしい。ちなみに、イギリスでは、近年移民統計の正確さについて、かなりの議論があった。

 報告書は不法滞在者の3分の2近くがロンドンに集中していることを指摘している。ロンドン在住者15人にひとりが不法滞在者になる。ジョンソン市長はこのうち、イギリスに5年以上滞在していると推定される32万人には、アムネスティを与えようと思っているようだ。 しかし、その決定権限は中央政府にあり、アムネスティは不法移民を一層増加させるとして乗り気でない。

 LSEのグループは、5月に不法移民のコスト・ベネフィットを推定する報告書を提出するようだが、こうした推定自体は日本も含めて、いくつかの国で行われているが、客観的な推論ではなく、印象的なものになりがちだ。 ただ、現在の不法滞在者は、多数が若い独身者であり、公的サービスへの負担は大きくないと考えられている。議論が白熱するのは、労働市場への影響である。しかし、滞在年数が長引くと、公的負担は増加してくる。

 不法就労者については、使用者側が疾病給付、休日、さらに最低賃金すら軽視するため、国内労働者には手強い競争相手となる。彼らにアムネスティを与え合法化し、建設、農業、介護などの分野での賃金引き上げをしようとの狙いもあるようだ。  

 アムネスティを不法滞在者に与えた例は、それほど多くない。ヨーロッパでは、フランス、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインなどが過去20年の間にアムネスティを与えた。  1998年と99年にイギリスも小規模だがアムネスティを与えている。査証の違反を犯し滞在している者に罰則を与えることなく、再び入国しうるステイタスを認めた。さらに2003年には内務省は、認可までの審査にきわめて時間がかかった難民申請者の家族にアムネスティを付与した。その後は一転、厳しい入国管理政策に転じたイギリスだが、その前に土台を整理する意味があったと評された。  

 イギリスはまもなく新しいIDカードシステムを導入する予定だが、その前にアムネスティを発動するか、注目が集まっている。アムネスティは、一度発動すると、それを期待する動きを増長する。そのため、安易に発動はできない。日本の場合は、幸いクリティカルな段階にいたってはいない。グローバル不況で労働需要が停滞している現在は、長期的視点から移民政策をしっかりと再考・整備する良い機会だ。




‘All sins forgiven?’ The Economist March 14th 2009

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする