時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

闇を王国にした画家

2010年03月22日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

Il fit de la nuit son royaume (Pacal Quignard) 


 今さらこの世界の明日を見たいとは思わない。そればかりか、もうかなり見てしまったような感じすらしている。他方で、少し遠く過ぎ去った時代を見てみたいという思いだけはかなり以前から次第に強まっていた。見てみたいのは、さほど近い過去ではない。人間の声やざわめきがすぐには聞こえてこない、それでいてあまりひどく遠くない時代だ。曰く言い難いが、遠からず近からぬ距離を置いて、冷静に時代を考えることができるという意味である。

 そうした思いは、いつの間にか17世紀の空間に収まっていった。近世初期 early modern ともいわれる時代にあたる。ルネッサンスと啓蒙時代の間にあって、さまざまに揺れ動き、先の見えない時代でもあった。その時代に生きた人々、とりわけあるきっかけから引きつけられた画家たちの群像をあてどもなく求め、想像するという、趣味とも
楽しみともいえないことを続けてきた。この世を過ごすために続けてきた本業といわれる仕事とも関係のない、他人からみればほとんど理解不能なことだ。

 人工の光が夜もくまなく照らし、地球上どこへ行こうとも真の闇の世界などほとんど想像もしえない現代だが、精神世界の闇は深まるばかりだ。17世紀はいまだ闇が世界の多くを支配していた時代であった。画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールはそこに生きた。「彼は闇を自らの王国とした。そこは内面の光だけが射し込む:乏しい光に映される人間だけがいる、慎ましく閉ざされた空間だ。夜、一筋の光、静寂、閉ざされた部屋、映される人間の身体が、神の存在を想わせる」(Pascal Quignard, 12)。


 深い闇が支配した時代、画家にとって画材も決して恵まれなかった時代。この画家の使った色彩は思いの外に鮮やかだ。「ラ・トゥールのオレンジと赤は時を超えて燃える。ル・ナン兄弟ならば単なるルポルタージュにとどまる光景がラ・トゥールでは、永遠のものとなる」(Pascal Quinard, 12)。

 そして闇が忘れ去られるとともに、画家の存在も忘れられていった。 同じ17世紀でも、光の世界に生きて、光の世界を描いていた画家もいた。

* Pascal Quignard. George de La Tour. Paris: Galilée, 2005. 

コメント
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