The Raft, 1936, oil on canvas, 50.8 x 61cm
『いかだ(筏)』
広島市付近を襲ったこのたびの災害について、メディアには大規模(同時多発)土砂災害といった文字が見られるが、なんとなく空々しい響きがある。こうした事態が発生する可能性は、かねてから一個所でなく多数の場所で予知されていたというのだから。被災地が広島であったこともあり、BBCを初めとする世界のメディアが大きく報じた。最近の日本は先進国でありながら、どこか災害列島のような印象を与えている。TVなどで詳細に伝えられる実態を見ていると、どうしてこれほどの悲惨な事態になる前に、もう少し有効な手が打てなかったのかという思いがする。そして、近年の災害でしばしば見られるように、犠牲者や被災者は、いつも年少者や高齢者が多いことだ。犠牲になられた方々には心からご冥福をお祈りしたい。
工業化の影にも目を向けていた画家
日本ではほとんど知られることのなかったイギリス20世紀の画家、L.S.ラウリーの名と作品を、多少なりと紹介することができることは、管理人にとっては喜ばしい思いもある。産業革命以来の工業化の発展の光と影、そしてそれに伴う都市化が生みだした環境汚染、労働災害、貧困、社会保障などの現代的課題を、イギリス、マンチェスターと周辺というかつて世界をリードした工業地域に文字通りその生涯を通して密着し、暖かな目を持った人間的なイメージで描き続けた。その筆使いは一見すると稚拙な印象を受けるかもしれないが、画家はフランス印象派の流れを汲み、しっかりとした美術教育を受け、その成果をいかんなく発揮していた。
上に掲げた『いかだ(筏)』 と題された作品は、画家が子供の頃読み、脳裏に深く刻み込んできたヴィクトリア朝のある本*のイメージを現代的に再現したものだという。人間の脆弱さと無知を表現しようとしたものといわれる。この画家になじみのない方々には分かりにくいかもしれないが、画家の数多い作品と生き方に親しんでくると、なんとなくその思いは伝わってくる。ロンドンの美術エリートたちがラウリーの作品を評価したがらなくても、地域、そしてロンドンの多くの人たちが高く評価し、競って作品を求めた。
この作品、一見すると、地域でよく画家が見かけた、子供たちが水たまりで廃材などを使って筏を作り遊んでいる光景に思われるが、その背景には廃墟になりかけた工場や煙突が描かれ、汚染され、荒廃しきった環境が描かれている。画家は、こうした中に生きる子供たちに深い愛情と親しみを感じていたようだ。次の世代である子供たち、そして画家が好んで描いた犬一匹が、荒れ果てた川のような淀みで筏に乗っている。「ノアの方舟」を連想されるかもしれない。しかし、その行方は汚れきった濃霧で覆われ、ほとんど見えない。ラウリーはほとんどの画家が目を背けていた工業化の影の面にも、しっかりと対していた。
この作品は比較的多くの色が使われ、子供が主役であることもあって、第一印象はさほど暗くはないが、第二次世界大戦でロンドンなどがドイツ空軍によって大空襲を受けた時の作品は、さすがに破滅的情景で、世紀末的印象を与える。
Blitzed Site
1942
Oil paint on canvas
41 x 51cm
『ロンドン大空襲(1940-41年)で爆撃された跡』
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世界的規模の気象異常、中国の工業的発展、都市化に伴う大気汚染などを考えると、この画家の一連の作品は、これからの世界の行方を考える時、さまざまに思い起こすことになる。絵画という手段は、時に文字や写真以上に多くのことを伝えてくれる。
* The Adventure of a Young Rover という本の挿絵(Howard, p.139)からヒントを得たようだ。ラウリーはこの本を晩年も手元に置いていたという。下記カタログに記されているが、著者、発行年などは不明。
Reference
Michael Howard. LOWRY A Visionary Art, Lowry Press.
続く