谷川の水は山から海に向かってながれる。
これは自然の摂理です。山から切り出された材木は、山郷から東京や市場に運ばれた。そして建築資材や建具、もろもろの材料として使われた。
そんな時から15~20年くらいの間に逆の現象が起きている。東京湾・木場の
海から山に向かって外国材がトラックで運ばれて来る。
この現実をどう捉えてよいのか戸惑うばかりだ。
結論から先に言えば、日本の森林は立木として残り、安い外国材がどんどん
輸入されるようになった。
この現象は、日本の各地に押し寄せ日本材の需要が少なくなった。
森(山)や山郷が危機に瀕している。
麦原から切り出された檜の原木。
こんな光景は珍しい。ソット手を添えた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
山郷の製材所の社長
神社周辺の草刈を終えたばかりの社長が
輸入外国材の事について一部始終を語った。
東京湾・木場から運ばれた外国材。
日本材は全く使っていないという。
「近くの山にコンナにたくさんの森林がありながら
東京湾の木場から外国材を仕入れてくる。おかしな話ダンベェ・・・、
日本の木材では高くて仕事になりやしねぇ」と語った。
山の杉や檜を売ろうとすると「伐採費や原木を運び出す人件費が掛かり、
誰も山の木材を欲しがる人がいねえやねぇ。
山主からお金を貰っても足りないほど経費が掛かるんだがねぇ・・・・・」
と付け加えた。
太い樹製材するに使う帯ノコ
帯ノコを取り付ける機械
ぬくもりある石垣も郷人とともに何時までも・・・・・・
と思いながら麦原郷を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日のメモ
荒れる森林
外国の木材が幅を利かせる時代。麦原地区ののどかな山間地ですら
たくさんの外材が目に入る。
以前の製材所は地元の木材を切り出して商売をしていたが、
価格が違いすぎて太刀打ちできないという。
大きくなった杉や檜はたくさんの花粉を撒き散らしながら間伐すらできないで、
昼なお暗き針葉樹林のに山になっている。
木材輸入量の増加に伴い、木材の自給率も低下を続け、昭和44年には50%を割り
込み平成7年には2割にまで低下した。 (資料参考)
そして経済的・地域格差のひずみが、人口の過疎化を生み若者が都会へ流失した。少子高齢化、過疎化が極限まで進んだ地方の農山村。
10年で日本列島から5千の集落が消えた。(NHK調べ)
今こうして都会に住んでいるが、日本の原風景・農村・中山間地の
山郷が音をたてて荒廃していく姿を見るとき
寂しさとやるせない思いで一杯だ。