日々是好日・スローライフ(寅さんの柴又から発信)

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千葉・佐倉七福神の内 倉(蔵)について  その3

2017年01月14日 | 紀  郷土博物館 葛探団

 『佐倉』ロマン漂う名前の由来

 

散策し、蔵の多いことに気ずく。
佐倉の倉(蔵)に係わりがあるだろうと推察、これが一致した。
 

昔、この地で生産された麻布を、朝廷に献上するための貯蔵庫があったことから、
アサクラが転じサクラになったという説。

清い倉(蔵)があったことから、すがすがしい語源をもつ「さ」という言葉をつけ、「さくら」と呼ぶようになった説などがあります。

どちらにせよ、古くからこの地に人が住み、倉を建て暮らしを営んでいたことが、
佐倉という地名から伺う事が出来ます。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 

佐倉市の市章はサクラの花を形取ったものです。
佐倉市の歌 佐倉市誕生 昭和29年

「佐倉市の歌」が誕生し、
~さくら、さくら(佐倉)、我らがさくら~~

今、この歌どう扱われているのかなぁ・・・・? 

 

    
佐倉市の木・桜                  佐倉市の花・菖蒲

市の木である桜は、その美しい姿に佐倉市の姿をイメージさせる木として、
昭和46年の一般公募の際、最も投票数の多い木でした。
(佐倉市のホームページより)

 

共同井戸

7福神巡り道すがら、あっちこっち拾い撮り。



上を振り向くと「蘭学通り」???名前に…見入った。

 


↑ この付近の地は、馬の背の様に高台にあり運搬するのに苦労した。
そのために共同で深井戸を掘りみんなで使用した。

 

 倉(蔵)の拾い撮り

 

 


↓ ↑

 

建物の形、構造、用途は、その地域や時代を表すもの
独特の倉(蔵)造りとして見入った。 

 登録有形文化財(家や倉 等)

 

 

 

コメント (6)
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千葉・佐倉七福神の内 甚大寺  その2

2017年01月14日 | 紀  郷土博物館 葛探団

 甚大寺・堀田家と三代のお墓

 

甚大寺は比叡山延暦寺の末寺として建立された。

堀田家の菩提樹として、本尊は十一観音菩薩。

毎月10日は承服祈願として縁日が開催されます。

 

 


 

堀田正俊公の菩提樹

 

 下総国・佐倉藩の大名家(堀田家)の三代のお

 
   金毘羅様で有名な甚大寺は、佐倉藩主だった堀田家(後期堀田氏)の
菩提寺
 であり、本堂裏手には、堀田家の墓所があります。
 
  堀田家の初代は、徳川幕府の大老にもなった「堀田正俊公」です。
同じ下総
 の古河藩の初代藩主です。

1684年、将軍綱吉の治世に入って4年が経過したこの年、
江戸城内で大老堀田正俊(当時50歳)が刺し殺されるという大事件が起きる。

・・・・・・・以下略・・・・・・・
 

 

 

 

 

 


栄枯盛衰
このお休みどころの一隅に、張り紙があった。
皆様方のご寄付を賜れば、菩提樹・坊守の一助になります。

 

 

大きなお墓、一体誰のものだろう!?

広い広いとてつもない広大な墓地

堀田家の三代の菩提樹!!

と言うことで納得し、次への「七福神巡りへ」急いだ。

 コメント欄は閉めています。

 

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