世の中はよくわからない
コロナ禍で経済がうまく回ってると思われないにもかかわらず
株価は高騰を続けている
経済が止まって投資先が見つからないので余ったお金が株に回っている
との話を聞くが、廃業、自殺者の増加などのニュスを見聞きするにつけ
そもそも世の中はこれで良いのか?と素朴な疑問が頭に浮かぶ
世界のお金持ち62名の資産は、全人類下位半分、36億人の資産と
同等との報道もある
お金持ちの資産は想像できないので、わかりやすくした話に
ビル・ゲイツの資産について以前こんな説明があった
彼の資産は4兆円だが、仮に毎日1億円使ったとしたら1年で365億円
10年で約3650億円 100年で約3兆6500万円
つまり毎日1億円使っても100年生きていけるのだ
そもそも1日1億円使うイメージが庶民には想像できないが
とにかく膨大な資産が彼の手にあることはわかる
問題は、果たしてこれが良いことなのか、、という点で
彼個人の超絶的な努力とか才能とか運の良さとかを認めた上でも
結果としてこうのような不公平な世界はどうなんだろいうか?
と思いに至るのは、若い頃にはありがちなことだし
若い人はそうあってほしいと思う
アメリカでも日本でも(?)無条件に毛嫌いされる社会主義
でも本当に何もかも拒絶する様な考え方なんだろうか
(現実の日本社会はお上から声至上主義で、すでに社会主義的と思えてしまうのに)
過去の人物とか学説とされるマルクスやレーニンも
問題解決に至る行動についての部分は若干の問題はあるとしても
現状分析についての考え方とか仮説は
今こそしっかり噛みしめるべきではないかとさえ思う
「選択の自由」という言葉が都合よく使われている
働き方に対して使われるときは、正社員ではなくて
自由な時間に働くことのできる形態の雇用も「選択の自由」が
増えるので悪いことばかりではない、、とあのパソナ会長は主張する
しかし、原則論ではなく実態としての社会はそうなってはいない
非正規等の仕事は、誰かに置き換えられる労働集約的な仕事が多く
誰にでも置き換えられる故に雇用者同士が雇用確保の敵同士となって
賃金上昇の弊害になっている
(100分de名著のマルクス「資本論」に、この例の解説があった)
労働集約的な仕事は確かにクリエイティブではないかもしれない
しかし、それを行う人がいないと世の中は回っていかない
それを切って捨ててしまうような発言をする人(H江さん)が
テレビで大きな発言力持っている
ところで、コロナ禍で職業を失った人は日本だけでなく世界各国にもいるが
たまたまニュースで目にしたアメリカの時給に驚いた
日本円で1500円ほどと耳に入ったからだ
エライ高いな、、と調べてみると州ごとに違っていて、流石にそこまでは
いっていなくて、今後15ドルを目指すということらしい
また同様に驚いたのがアメリカの(消えてしまった)中間層の定義で
これは年収500万円から1000万円が該当するらしい
これが中間層?
日本と比べたらどうなんだろう(とつい考えてしまう)
東京などの都会は別として地方都市は、事業主等を除けば
それほどたくさんいるとは思えない(特に1000万円近くは)
確かに経済は血液のようなもので、それが回っていかないと
生き物としての社会は生きていけないかもしれない
でもそこに「倫理」というベースがないと人の世は
単なる動物の世界と同じことになってしまいそう
だからこそ警鐘として倫理観を声を高くして訴える人が出てくる
「経済学と倫理学」アマルティア・セン
でも何故か日本の中からは出てこない(みたい)
自分が知らないだけなら良いのだが、いつまでも出てこないとしたら
エコノミックアニマルと少し軽蔑されたた頃と少しも変わっていないことになる
それで良いのか、、