ラ・トゥールの真作か?
6月3日、マドリッドで署名はないが、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの真作と思われる作品が発見されたとのニュースが世界をかけめぐった。ニュースの出所はひとつでAssociated Pressの寄稿者シアラン・ガイレス(Ciaran Giles)である。これまでにも、数え切れない真贋論争の波に洗われてきたラ・トゥールだけに、専門家の「お墨付き?」が出るまで待つか、遠からず実物を見る機会ができるかもしれないと思って掲載をためらっていたが、ご親切にニュースをお知らせくださった方々(pfaelzerwein, M.M.& others) も多く、ラ・トゥール・ウオッチャー(?)の一人として、簡単にご報告することにした。
もうひとりの聖ヒエロニムス
発見された作品は「手紙を読む聖ヒエロニムス」(Saint Jerome Reading a Letter)という良く知られたテーマに属する(2005年4月4日)。赤い衣を着けた使徒とおぼしき人が、眼鏡で手紙のような書類を読んでいるおなじみの構図である。画像から感じられるかぎり、ラ・トゥール作といってもおかしくない。というよりも、見た瞬間にラ・トゥール自身でなくとも、工房関係者などの手になるものではないかと思わせる。どうしていままで、調べることなく未発見のままに放置されてきたのかと、そちらの方を詮索したくなってしまう。
経緯は、スペインのセルヴァンテス研究所の部長セザール・モリーナ(Cesar Antonio Molina)氏が、研究所のオフィスにあてられているマドリッド下町にある19世紀末のマンションで発見したとのこと。「由来などを確認しうる文書などはなにもないが、何十年もそこにあったことは知っていた」という悠長な話である。筆者も画像を見ただけで、あれ?と思うのだが。「一室の壁にかけられているのを見て、なにか特別なものと思い、プラド美術館に連絡し、専門家に来てもらった」という話である。
専門家の鑑定は
作品は今年3月にプラドへ鑑定のために移された。真作と鑑定したのは、美術史を専門とし、プラドの理事でもあるホセ・ミリクーア名誉教授である。プラドはラ・トゥール研究の専門家の一人ピエール・ローゼンベール(Pierre Rosenberg)にも相談し、同氏もラ・トゥールの作品と確認した由。ラ・トゥールの作品のほとんどに当てはまるように、これも画家の署名はない。
画像でみるかぎり、保存状態はイギリス王室所蔵の同テーマの作品より、はるかに良いようだ。使徒の身につけた衣装の「ラ・トゥール・カラー」ともいうべき朱色が鮮やかに見える。手に持つ手紙の迫真性も伝わってくる。背景に斜めに光が射しているのも読み取れる。
プラドの美術部門部長ミグエル・ツガーツァ氏Miguel Zugazaは、この発見はお祝いできるものだと述べ、ルーブルの専門家たちも祝意を表したとのことである。しかし、ラ・トゥールの作品は、これまでも真作と判定されたものが、その後の研究で模写・コピーなどに判定が変わったものも稀ではなく、評価が定まるには時間が必要だろう。
スペイン、そしてプラドが所蔵するラ・トゥールの作品は1991年に取得した「リボンをつけたハーディ・ガーディ楽師」(断片)だけであった。実は、これも一時は日本の石塚コレクションに含まれており、1991年にプラドへ売却されたものであった。ラ・トゥールの激動の人生とあわせて、数奇な運命をたどった作品のそれぞれに興味は尽きない。
Source: http://www.boston.com/ae/theater_arts/articles/2005/06/03/unsigned_la_tour_painting_found_in_madrid/