時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

国境の裏側を見る

2005年06月22日 | 移民の情景
  国境は単に地図上の境界線ではないことは、これまでにもこのサイトで何回か話題としてきた。特に、今回取り上げるアメリカとメキシコを隔てる国境は、アメリカという世界最大の先進国とメキシコという中進国が地続きで接するという地政学的観点から、これまでも多くの問題を提起してきた。

  最近注目を集めたひとつの事件からも、国境の存在あるいはその管理がいかに複雑怪奇なものであるかを知ることができる。この国境地帯では、以前からなんとかアメリカという先進国へ潜り込もうとする不法入国者と彼らを餌食にするコヨーテと呼ばれる悪質なブローカーが跋扈していることが知られてきた。密入国を企てる者から身ぐるみ奪い取るなど、時に暴虐のかぎりが尽くされる地域でもあった。

  さらに、南米を始めとして世界各地から持ち込まれる麻薬などの犯罪的な国境貿易がかねてから蔓延していた。かつて「麻薬戦争」というTVドラマがアメリカで上映され、国民に大きな衝撃を与えたが、長年にわたり不法貿易などに関わる国境警察や軍隊の腐敗などもあり、時にその一端が露呈され、マスコミの注目を集めることも珍しくなかった。

ヌエヴォ・ラレドの事件
  最近この国境地帯で、また大きな事件が生まれ、注目を集めた。アメリカのテキサス州と国境を接するヌエヴォ・ラレドNuevo Laredo市(地図上☆印)で、6月13日、メキシコ国家警察の特別捜査官が軍隊とともに出動し、同市の全警察官700人以上を拘留するという事件が起きた。

  この例のない事件が起きたのは、それに先立つ6月8日、ヌエヴォ・ラレドの新警察署長が暗殺されたことに発している。就任して半日もたたない間に、誰とも分からないガンマンによって射殺されてしまったのだ。さらにその3日後、メキシコシティから私服の連邦捜査官(アメリカのFBIに相当)が事件捜査のため現地に派遣されたが、彼も今度は地元の警察官によって射殺されたしまった。ローマ時代の風刺作家ユヴェナールは「保安官をだれが守るのだ」という皮肉な言で知られているが、まさに誰を信用していいか分からない事態が生まれてしまっている。

真相解明はなされるか
  あまりの無法事態に、メキシコ政府は急遽「安全なメキシコ」と名づけた新しいプログラムを導入し、事件の背後にあるとみられるメキシコ国境全域にはびこっている麻薬密輸に関連すると思われる暴力と腐敗行為の取り締まりに乗り出した。中央から軍隊や警察を送り込んで、国境地帯の犯罪防止・根絶を掲げている。しかし、こうしたことは、これまでにもたびたび実施され、今回もどれだけ実効があがるかすでに疑問視されている。

  メキシコの国境地域では麻薬密輸などの犯罪組織と警察の癒着は長年にわたる問題であり、多数の事件を生み出してきた。犯罪組織間の確執などもあり、メキシコの中央政府も十分に監視できていない。メキシコのヴィンセント・フォックス大統領は、かねてから国境にかかわる犯罪の根絶を旗印に掲げてきたが、国境犯罪は尽きることがない。ブッシュ大統領とフォックス大統領の間では、国境の開放に向けた合意が生まれかけたこともあったが、アメリカ側にはそうした動きへの警戒感が強まっている。

  アメリカ・メキシコ国境の両側の関係者は、今回の事件に困惑し、ラレドの市長ベティ・フローレスは、連邦ならびに州政府に対して、彼女の表現では国境における「あふれ出した」暴力spillover violenceをなんとかしてほしいと頼み込んだ。しかし、政府側の対応もあまり効果がない。

  拘留中のヌエヴォ・ラレドの警察官はすべて尋問と麻薬服用のテストを受けている。服用の事実が判明した者や犯罪行為と関連すると思われる者は、直ちに逮捕され、無実の者だけが勤務に服しつつある。すでに41人の警官が新署長の暗殺に関与していたとみなされ、メキシコシティへと移送された。

  ヌエヴォ・ラレドは人口およそ50万人を擁する市だが、今年1月以来、60人以上が暗殺されたという。とんでもない犯罪地域に思える。ところが、これでも犯罪率の点では、2004年のアメリカ側首府ワシントンD.C.よりも低いそうだ。

マイナス面を抱えての拡大
  ヌエヴォ・ラレドは、11年前のNAFTA成立以降、アメリカ・メキシコ間の最大の「陸上貿易港」land portとして発展してきた。市の財政は貿易と観光、外国からの企業投資で成り立っている。
  いまやこの地域はメキシコからの最大の物や人の流入口であり、昨年は両国の全貿易量の40%近くが同市を経由していた。ヌエヴォ・ラレドの貿易拠点としての地位は次第に確固たるものとなりつつある。

  しばしば抽象的な次元で語られることが多い移民政策、国境の姿だが、イメージと現実の間の距離は、時にとてつもなく離れている。グローバル化は、こうしてさまざまな負の側面や傷跡を露呈しながらも、とどまることなく進行している(2005年6月22日)。



Source:ヌエヴォ・ラレド事件については、下記参照。
Quis custodiet ipsos custodies? The Economist June 18th 2005.

国境をめぐる移民労働者、ブローカー、警察、国境パトロールなどの実態は、次の文献に生き生きと描かれている。
S.Rotella, Twilight on the Line: Under-worlds and Politics at the U.S.-Mexican Border, New York,:Norton, 1998.

コメント (2)
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