ラ・トゥールの人気度
昨年の「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」をひとつのきっかけに、これまで人生の途上に出会った作品や旅の思い出などをメモ代わりに書き記してきた。いざ、書き始めてみると次々と糸車を繰るように、脳の片隅に残っていた記憶も戻ってきた。実にさまざまな謎を秘めた希有な画家だと改めて思う。
西欧美術界では押しも押されぬ大家となったラ・トゥールだが、日本での知名度はいまひとつであった。しかし、東京での特別展が大きな契機となって、この画家や作品に関心を寄せる人々が増えてきたことは、「ラ・トゥール」サポーター?の一人として大変喜ばしい。
地味だが忘れがたい作品
この画家は日本にかぎらず、西欧でもやや地味な存在であり、時々思いがけないことで美術評論家などを驚かすこともあるようだ。一度見たら忘れられない作品も多く、人々の心の底にいつか見た作品の残像などが残っていて、特別展などが盛り上がるのかもしれない。それに加えて、この画家が残した作品がほぼ40点余りと数が少ない上に、世界中に分散していることも、隠れた人気の背景にあると思われる。なかなかすべての作品を見ることが難しいのだ。
この点に関連して面白いことは、フランスの美術史家などでも、アメリカに流出した作品については、国宝を外国に買われてしまったような悔しさがあるのか、かなり距離を置いていることである。これまで開催された特別展のカタログなどにも、そうした感情めいたものが時々うかがわれて興味深い。
観客動員抜群の画家
さて、今回は中休みの意味も兼ねて、ラ・トゥールの人気度を示すデータをご紹介しよう。少し古いデータだが、1997年にヨーロッパとアメリカで開催された特別展で、観客数が多かった展示(crowd-drawaing art shows)の順位である。 順位で上位7位までの6つが19世紀後半以降の画家やその作品展であることに注目したい。ここで興味あるのは、ルノワール、ピカソ(2,3位)に次いで、第4位に17世紀異色の画家ラ・トゥールが入っている。まさに「思わぬ人が入っていた」odd man in という批評家の感想である。そして、わざわざラ・トゥールの作品は長らく忘れられており、その光と陰についての絶妙な扱いが、現代人にアッピールするのだろうと付け加えている。
このパリのグラン・パレで開催されたラ・トゥール展については、ランキングを紹介した記事も「輝けるジョルジュ」Glorious Georges と最大級の見出しをつけている。
なお、このグラン・パレの回顧展の入場者は合計で53万4613人にのぼり、パリで行われた単独の過去の巨匠を対象とした展覧会としては、もっとも多い入場者を集めた(ドイツのカッセルで行われた国際的現代美術展「ドクメンタ」と並んで、1997年にもっとも多くの入場者を集めた)との別の統計もある。**
ご参考までにランキング表 What they like を掲載しておこう。
順位 1日あたり観客数 合計観客数(千人) 展覧会タイトル 開催場所
1) 6,042 489 Renoir's Portraits Art Institute, Chicago
2) 4,500 434 Picasso and the Portrait Grand Palais, Paris
3) 4,424 531 Picasso: Early Years National Gallery of Art,Washington, DC
4) 4,420 372 Georges de La Tour Grand Palais, Paris
5) 4,318 220 Art in the 20th Century Martin-Gropius-Bau, Berlin
6) 4,027 338 Monet and the Mediterranean Kimbell Art Museum, Fort Worth
7) 3,500 255 Monet and the Mediterranean Brooklyn Museum of Art, New York
8) 3,240 165 Art and Anatomy Museum of Art, Philadelphia
9 ) 3,227 29 Maharaja Castello di Pralormo, Turin
10) 3,217 270 Art in Vienna Van Gogh Museum, Amsterdam
Original Source: Art Newspaper
*なお、この統計について、トリノのマハラジャ展はミスリーディング。ランクは観客数で、会期は9日のみとの記述あり。
**ジャン=ピエール・キュザン&ディミトリ・サルモン編、高橋明也監修『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』創元社、2005年 p.134
Reference "Gloriouos Georges" The Economist February 5th 1998