時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

EUの不法移民対策

2006年02月19日 | 移民政策を追って

難航するEU移民政策

  このところ、移民労働者問題についての国際会議や講演会に続けて参加する機会があった。80年代の議論の高まりの後、退潮していた国民の関心も少し復活してきたようだ。しかし、議論の内容にあまり進歩が感じられない。相変わらず浅薄な、言葉の上だけの「国際化」や「開放化」が繰り返されている。単に国境の開放度を上げるだけでは問題はまったく解決しない。この問題を考えるひとつの材料は、EU移民政策にある。
 

  EUの欧州委員会は最近ドイツ、フランスなどの加盟17カ国に対して、移民に長期滞在の権利を認めるEU指令を実行するよう警告した。1月23日に期限が来ているのだが、国内の法整備を終えたのはわずか5カ国である。   

EU本部指令と「国益」
  EU指令が浸透しないのは、いくつかの理由がある。そのひとつはEU本部の指令がさまざまな形で、加盟各国の「国益」と衝突し、各国の政府以上に強力になってきたことである。各国政府の頭越しに指令が出されているとの印象が強まっている。
そして、加盟国の多くが雇用不安を抱えることに加えて、昨年のフランスでの大規模な「郊外」暴動、ロンドンの同時テロなど、移民が関係した出来事が各国に指令に従うことをためらわせたり、反発する動きにつながっている。   

  予想を超えた大規模な「郊外」暴動を、なんとかご自慢の警察力で押さえ込んだフランス政府は、昨年末から新たな移民規制に乗り出した。一時はフランスの国威の失墜と批判された対応であったが、なんとか目前の火事は消火できた。しかし、問題が本質的に解決したわけではない。いつ噴き出てくるか分からない火山脈の上にいるようなものである*。   

  EU指令は合法的に入国し、5年以上住んでいる移民に対して長期滞在や域内での労働の自由を認める内容である。約1千万人の移民が対象となるとみられている。EUの共通移民政策を構成するひとつの柱である。加盟国は2003年にEU指令を承認し、国内法を整備することになっていた。   

  しかしながら、その後の思わざる事態の展開に、フランス、ドイツなどのEUの中心国は、大きなためらいを見せている。EU諸国の中でこれまでに国内法整備を終えたのはポーランドやスロバキアなど比較的新しく加盟した中・東欧の5カ国にととまっている。   

  欧州委員会は数ヶ月内に17カ国に正式な警告を発する予定だが、こうしたEU本部主導型の動きには反発も強まっている。域内も同一歩調ではなく、イギリスとアイルランド、デンマークは適用除外を行使したため、EU指令の拘束力は及ばない。  

フランスの対応
  他方、「郊外」暴動で衝撃を受けたフランスなどは新たな対応に乗り出した。ドビルバン仏首相は昨年11月29日、移民の入国管理を含む包括的な対策を発表した。それによると、1)移民が家族を呼び寄せるまでの国内滞在期間を1年から2年に延長、2)フランス人と結婚した外国人が国籍を申請するのに必要な同居期間を2年から4年に延長、3)外国での国際結婚が国内法に照らして適正かどうか、領事館による審査を強化する、などが主たる点である。   

  フランスは第一次石油後の74年に就労目的の移民の受け入れをやめており、今日ではフランス人との結婚と移民の家族呼び寄せの形態が、合法移民の上位1、2位を占めている。   

  首相の説明では「フランスへの同化の準備期間を延ばした」とされているが、偽装結婚や一夫多妻婚などを取り締まるべきだとの党内の要望に応えたとみられる。 優れた移民は受け入れる。さらに、優秀な移民を増やすという観点から、優秀な留学生への滞在・労働許可手続きを簡単にするなどの政策を導入した。能力による事前選抜を行うという考えである。フランスに限ったことではないが、本来受け入れ国が養成・教育すべき人材を、他国のコスト負担で受け入れ、活用しようとする今日の先進諸国にかなり共通した、身勝手な施策である。   

  「頭脳流入」の促進策として、現在中国、ベトナム、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、セネガルに設置している仏外務省管轄の「フランス留学センターCED]を韓国、トルコ、メキシコ、レバノン、カメルーン、マダガスカルにも拡大することにした。同センターの審査を通れば通常必要な警察署の手続きなしに滞在許可証を与える。また、修士号取得者など優秀な留学生はフランスへの定着を促進するため特に優遇する。半年間の仏国内での滞在で、労働許可証を交付する。

不法滞在者の送還  
  他方、強硬派のサルコジ内相は「15万人の不法滞在者が医療や教育補助などの公的給付を受ける実態を是正する」として2006年中に2万5千人の送還目標を打ち出した。

  フランスの出来事であわてた感のあるEUは、12月17日に採択した議長総括に、不法移民やテロへの対策強化を盛り込んだ。加盟国の事情はかなり異なり、EUの統合された移民政策とはいいがたい。   

  その中心的部分は次のようである。不法移民問題については、周辺国・地域との協力を強めるとともに、2006年をめどに大量の移民が押し寄せた際の対応にあたる緊急対策ティームを立ち上げる。不法移民の動きを追う監視体制も強める。   

  北アフリカから流入する不法移民が増加しつつあり、特にモロッコ、アルジェリア、リビアなど地中海に面した国々と移民対策に関する会議を設置、EUの「南の国境」にあたる地中海全域を監視するシステムの設立についても研究する。新設する緊急対策ティームは各国の専門家が参加、一時に多くの移民、難民が殺到した時の技術的対応策などを練る。    

  これらの内容から見る限り、EUの対応は相変わらず、受け入れ国の権益保全という視点が全面に出ている。そこには、不法移民を生み出す根源についての視点が決定的に欠如している。そして、これは日本にとっても、そのまま当てはまる。


*国末憲人『ポピュリズムに蝕まれるフランス』(草思社、2006年)は、移民問題を始めとして、フランスに広がるポピュリズムの実態を鋭く提示している好著である。

本ブログ内関連記事
http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/d/20050508


Reference
「移民規制・強行世論に便乗」『朝日新聞』2005年12月7日
「移民の長期滞在認めよ。欧州委、加盟国に警告」『日本経済新聞』2006年1月22日
「EU不法移民対策を強化」『日本経済新聞』2005年12月18日

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