一人の愛好家として、ラ・トゥールという画家に関わるさまざまな断片を記してきた。美術史家でもないので、かなり自由な視点で、人生の途上でめぐり合ったことを含めて、心覚えのメモのようなものである。こうしてブログに書き出したりすると、自分でも予想しなかったほど、この画家とはつながっていたのだと改めて思う。
ラ・トゥールの他にも好きな絵は多いが、ラ・トゥールの作品には深い心の安らぎを与えてくれる不思議な力がある。その力は、文字通り時空を超えて人々の心を打つ。どちらかというと、大美術館の華やかな雰囲気の中で見るよりは、小さな美術館や教会、修道院の一部屋などで1-2点、一人静かに対面するに適した作品が多い。美術館の雑踏の中ではどうしても印象が薄くなってしまう。作品も世界に知られるようになり、現代社会ではかなえられない願いである。それにもかかわらず、この画家が描いた作品の多くが秘める深い精神性は、人々の心を強くとらえてきた。
作品以外には画家本人が記した資料はほとんどなく、あくまで他者が記した文書の断片などからの推測にすぎないのだが、激動の乱世に過ごしたこの画家の生き様にも大変興味がある。
ラ・トゥールより少し時代が下がるが、しばしば引き合いに出されるフェルメールとは画家としての人生の過ごし方もかなり異なっている。フェルメールも好きな画家だが、ラ・トゥールのような厳しさ、精神的深みはあまり感じられない。彼らの生きた時代環境の反映でもある。市民生活が確立していたオランダと戦乱のロレーヌという風土の違いは大きい。
17世紀バロック美術の流れにおいても、ラ・トゥールは今やフランス画壇の主流に聳える柱の如き存在だが、長年に渡り、どちらかといえば傍流の方に位置づけられてきた。このブログでも取り上げたヴーエやプッサンのようにルーブル宮殿や大伽藍の天井画、壁画を飾ったような華やかな画家でもない。作品の多くは個人的パトロンなどの依頼に応じて、制作されたものである。
今日ここにご紹介するひとつのブログは、ジャック・エドゥアルド・バーガーという美術愛好家の生涯と事業を記念してのものである。美術好きの人はすでにご存じだろう。バーガーは1945年にスイス、ローザンヌに生まれ、その人生を美と美術の追求のために過ごしてきた。残念なことに1993年に心臓病で急逝してしまった。日本を含め、東洋美術への関心と造詣も深かった。その生涯の間に125,000枚を越えるカラースライド・コレクションも残している。
この人生を美の探求に捧げた人物を記憶にとどめるために、彼の名前を付した財団JACQUES-EDOUARD BERGER FOUNDATIONが創設され、素晴らしいサイトが運営されてている。実はバーガーが最も好んだ画家の一人が、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールであった。すでに14歳の時に、ラ・トゥールに関するエッセイを記している。サイトには、彼の美術をめぐるさまざまな跡が残されている。画像の画質はデジカメ時代の初期のものもあり、かならずしも良好とはいえないが、ラ・トゥールについての講演(オーディオ・レクチャー、フランス語)なども収録されていて、非常に興味深い。
そして、現在のサイトのカバーページを飾っているのが、このブログでも紹介したことのある15世紀の画家ウッチェロ Paolo Ucchelloの『森の中の狩』である(6月1日からカラバッジョに代わっているが、ウッチェロ、ラ・トゥールもワン・クリックで見られます)。さらにサイトの今週の画家(painter this week)はこのブログでも少し触れたことがある大画家プッサンである。世界に数ある絵画の中で、どうしてこれほど関心が重なり合ったのか、不思議に思う。
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