このブログでも再三取り上げてきたトルコの作家オルハン・パムク氏が、TVの取材に応じて、ノーベル文学賞受賞と重ねて、東西文明の今後について語っていた。
一時は国外に活動の場を移していたようだが、今はイスタンブールに住んで作家活動を続けている。作家の母国トルコにとって、最大の課題がEU加盟であることはいうまでもない。1年ほど前はEU、トルコ双方に祝賀ムードが満ちていたのだが、その後状況は一変し、加盟はほとんど無期延期の状況となってしまった。暗礁に乗り上げた直接的原因はキプロス問題だが、それ以上に、EUで最初のイスラム国家となるトルコへの警戒感が強まってきたことがあげられる。
TVのインタビューでパムク氏は、一時は国家侮辱罪にあたるとして告訴された原因となったアルメニア人問題についての質問には直接答えず、作家として丁寧に自分の住む地域の暮らしを描くことが人生の真の意味であるとひどく慎重であった。同氏の発言が微妙な段階にいたったEU加盟問題へ影響することを考えているためと思われる。
パムク氏は、9.11以降論議を呼んでいるイスラム文明対西欧文明という対立関係は信じていないという。文明の衝突は確かに各所で起きているが、全面衝突ではない。歴史を見ると、異なる要素が融合することで文化が生まれてきたと強調する。
ストックホルムでの記念講演では、世界の中心はイスタンブールに移行していると述べ、トルコが文明史上重要な鍵を握る存在となっていることを強調する。パムク氏は、自ら針で井戸を掘るように築き上げた概念上の世界が、いかに重要なものであるかを述べている。しかしその内容は、同氏の作品世界を追っていないと分かりにくいかもしれない。
パムク氏はさらに、現在世界に起きている問題は、世界史上人類が長く抱えてきた問題であり、西欧社会は過剰なプライド、根拠のない傲慢さで、トルコを始めとする非西欧社会に彼らの基準を押し付けてきたと述べる。作家は、他方で現代トルコの持つ強いナショナリズムと強い民族主義への苛立ちも感じているようだ。
これまでこの作家の主要作品を読んできた者のひとりとして見ると、パムク氏の発言はかなり抑制したといえる内容であった。過激な発言もあるのではないかと思っていたが、ノーベル文学賞受賞という重みがブレーキをかけているのだろうか。すっかり冷めてしまったEUとトルコの関係がいかなるものとなるか、両者の狭間にあって、この作家の今後に注目を続けたい。
* BS1 『きょうの世界』「オルハン・パムク氏が語る東西融合」、2006年12月12日。
"The ever lengthening road." The Economist December 9th 2006.