Tafel 1: JANUAR
たまたま目にしたTV番組(再放送)*で、フランス、シャンティ城コンテ美術館が所蔵する『ベリー公のいとも華麗なる時梼書』に心をひかれる。この世界に著名な装飾写本の実物は、まだ見たことがない。シャンティへ行く機会はあったのだが、見ることができなかった。しかし、写本が生まれた経緯や内容は、かなり前から少しばかり知っていた。美術に詳しいドイツ人の友人が、ある年のクリスマスに復刻版**をプレゼントしてくれたので、ずっと長い間仕事場で近くに置き、折に触れて眺めていたからである。このたびTVの美しい映像に刺激され、できれば実物を見てみたいと思った。
この本の所有者であったベリー公ジャンは、フランス国王ジャン2世の息子で1340年に生まれ、宝石と絵画を好み、芸術の保護者であった。14世紀以降、多くの王侯貴族が美術作品の制作や収集に積極的にかかわったが、ベリー公は財政的にも豊かで、とりわけ熱心なコレクターであった。
当時のフランスは百年戦争で人心が荒廃していたが、ベリー公はパリの金細工師の工房にいた職人ランブール兄弟にこの写本を特注した。ベリー公は審美眼も際立って高かったと思われるが、高率な租税収入に支えられて財政豊かで、金に糸目をつけず注文したものと思われる。
この写本には多くの美しい青色(ラピスラズリ)や赤色(コチニール)や茶(象牙を焼いたもの)など、当時でも高価な画材が惜しげもなく使われている。復刻版で見ても、目を洗われるような美しさである。北方芸術独特の風景や風俗描写が、美しくかつ繊細に描かれている。おそらく職人としても大変恵まれた条件の下で制作ができたのだろう。
時祷書とは、世俗のキリスト教信者の個人的な礼拝のために用いる祈祷書のことで、修道士や司祭たちによって正式の儀式に加えられていった祈祷の言葉を起源とし、短縮された聖母への祈祷、詩篇、などを含んでいる。 14世紀から16世紀にかけてフランドルや北フランスを中心に王侯貴族によって豪華な時祷書がつくられた。
俗塵にまみれた現代人にとって、時々目や心の洗濯も必要だとつくづく思う。時空を超えて、中世の人々の世界にひと時浸ることができるのは大きな安らぎとなる。
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『いとも豪華なる時祷書 Tres Riches Heures du Duc de Berry』 (シャンティイ、コンデ美術館)
『古城に眠る世界一美しい本』世界博物館紀行、2006年12月11日
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Stundenbuch des Herzogs von Berry. Parkland Verlag. Stuttgart.