Vilhelm Hammershoi(1864-1916)
Interior with Ida Playing the Piano, 1910
Oil on canvas, 76 x 61.5 cm
Thr National Museum of Western Art, Tokyo
晩秋の一日、かねて予定していた「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」に行く。上野駅公園口を出ると、かなりの人混みだ。しかし、ほとんどの人は西洋美術館の前を通り過ぎて行く。お目当ては東京都美術館の「フェルメール展」や国立博物館の「大琳派展」らしい。喜んでいいのか、嘆くべきか。
館内に入ると、後援の日本経済新聞社などが、かなりPRしていたことなどもあってか、まずまずの数の観客ではないだろうか。いずれにせよ、混雑の中で観る作品ではない。
ハンマースホイという画家の絵具箱には、赤や黄色はなかったのではと思わせる。展示後半に画家が使用したパレットの写真が掲げられていたが、やはり明るい色は置かれていなかった。一貫して暗色の多い作品ばかりだが、静穏な雰囲気に満ちていて落ち着いた気分になる。作品全体を通して見ても、暗くて憂鬱になるということはない。
ハンマースホイは、光と空気を描き出すのに大変長けた画家だ。部屋が明るくなるような絵ではないが、自宅の居間などに一枚あればきっと心が落ち着くと思う感じの作品が多い。時が止まったような空間に、使い込んだマホガニーの家具、ピアノやチェロの色が映えている。画家夫妻が住んだストランドゲーゼ30 (Strandgade 30) のアパートメントに実際に置かれていた。しかし、異なるのは、細部までリアルに書き込まれているようで、テーブルの脚がどうも1本(2本?)足りないような不思議な作品もある。パンチボウルも実物より大きいようだ。展示作品は個人蔵が多い。日本にも数点あるようだ。きっと熱心な愛好者なのだろう。こうした機会でなければ見られないものも多い。
東京の前に開催されていたロンドンRA展が「物語のないありふれた風景」 The Quotidian View without Narrative と形容したように、どの一枚をとっても、そこに切り取られた空間を仮想体験するような不思議な作品が多い。とりわけ室内を描いたものはそうした印象が強い。100年前のフェルメールといってもよいような感じも受ける。
この画家、パリやローマへ旅をしても、あまり彼の地に関する作品は残していないようだ。太陽がまばゆいイタリアの光は、この画家の目にどう映ったのだろうか。むしろ、ロンドンのスモッグで霞んだような風景の方がお好みのようだ。そして、やはり最後に残るのは、北欧コペンハーゲンの光なのだ。
RA展と比較して、今回の東京展では、最後の部分に「同時代のデンマーク美術」と題したセクションが設けられ、ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウという、ハンマースホイとほぼ画風を同じくする画家の作品が20点近く出展されている。前者のイルステズについては、出展作品14点中、11点を国立西洋美術館が所蔵している。ハンマースホイについても「ピアノを弾くイーダのいる室内」(上掲)と題する1点は、最近当美術館の所蔵になった作品であり、ロンドンRA展にも出展された。昨今、借り物ばかりの企画展が目立つ中で、美術館の主体性が感じられる企画で少しほっとする。きっと学芸員で慧眼の方がおられるのだろう。いずれにせよ、これまで日本ではほとんど知られていなかった希有な画家の作品紹介を企画された美術館に敬意と拍手を送りたい。
#2008年11月16日NHK新日曜美術館『北欧のフェルメールといわれた謎の画家・沈黙の絵』