時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

国境の南:麻薬密貿易との戦い

2008年11月17日 | 移民の情景
 

  大学生の間での大麻の吸引や栽培が、メディアで大きな注目を集めている。想像以上に、かなり広範囲にわたっているようだ。ついに大規模な麻薬禍が日本にも押し寄せてきたかという思いがする。かなり長い間、国境にかかわる問題を考えてきたが、この10数年、アメリカ・メキシコ国境における最も深刻な問題は、不法越境者による労働の側面ばかりでなく、それ以上に国境を越えてアメリカへ不法に持ち込まれる麻薬のもたらす犯罪や害悪にかかわるものだった。

 コカインなどの麻薬は、ボリビア、コロンビアなど南米や中米の秘密の生産地から、メキシコを経てアメリカへ持ち込まれ、世界の他の地域へ送り込まれてきた。そればかりでなく、麻薬取引にかかわる犯罪の増加がアメリカ、メキシコ両国にとって大きな安全保障、政治的課題として急速に浮上・拡大してきた。今年10月だけでも、国境密貿易に関わって150人以上が死亡している。

 10月25日には、メキシコの麻薬捜索の特別部隊によって、この密貿易の組織のひとつ‘ティファナ・カルテル’の手配中の5人の首謀者の一人が逮捕された。しかし、衝撃的であったのは、そのわずか2日後にメキシコ政府側で組織犯罪摘発にかかわるグループの多数の高官たちが、ティファナ・カルテルの競争相手の大組織に捜査情報などを流していたことが判明した。この組織は、世界最大の密貿易グループの一つとされている。さらに、11月4日には、メキシコのモウリニョ内務相らの乗ったヘリコプターが墜落し、乗員全員が死亡するという事故があり、密輸組織の報復ではないかと噂されているほどだ(メキシコ政府筋は否定しているが)。

 メキシコ国境に近い都市ティファナは、こうした密貿易マフィアと両国の警察・軍隊などのグループが、陰に陽に衝突している拠点である。この国境が密貿易の場と化していることについては、いくつかの理由がある。アメリカという大市場へ持ち込めば、国境を越えるだけで麻薬の生産者、売り手や仲介業者にとっても巨額な利益が生まれる。アメリカを経由して多くの国へ売り捌かれる。

 この売り手、買い手の間に介在するのが、麻薬マフィアの存在だ。彼らは麻薬という違法な取引を仲介するために、世界に広くネットワークを張り巡らす。さらに、警察などの介入を回避するために、地元の警察や軍隊を買収する。メキシコの場合、長い年月の間に犯罪組織は警察や政治組織の上層部まで手を伸ばし、贈収賄、脅迫などの手段で買収してしまった。そのため、麻薬捜査に当たる関係者のどこまでがクリーンなのか疑心暗鬼を生み、捜査をきわめて難しくしてきた。

 メキシコ側だけの情報や警察力ではとても解決できないと見たメキシコ政府は、2年前カルデロン大統領の政権に移行後、アメリカの協力を依頼し、連邦麻薬禁止機関と警察などからの情報を得て、大規模な捜査・摘発活動に着手した。しかし、捜査はなかなか進展しなかった。その背後には、既述の通り、麻薬取り締まりの任に当たる検察上層部にまでマフィアの手が伸びていたからだった。

 すでに1997年、メキシコの麻薬密輸の取り締まりに当たる陸軍最上層部の指揮官が不法取引組織と結んでいたことが判明していた。2000年にフォックス前大統領が当選したが、その政治は麻薬犯罪をの風土を助長してきた。カルデロン大統領当選後、麻薬組織への強い姿勢を恐れたマフィアによって、メキシコ連邦検察庁の上層部の何人かを暗殺された。今年に限っても麻薬取引にからみ少なくも4000人が殺害された。

 これには、政府の強い姿勢がようやく功を奏し、影響力を持ち始めているからだとの見方もある。 2006年12月以来、48,000人の密輸業者が逮捕された。さらに、69トンのコカイン、24,000丁の火器などが押収された。メキシコ警察によると、これらの銃のほとんどは国境を越えたアメリカ側で購入されたものとのことだ。アメリカの民間における銃砲所持問題の根は深い。
 
 カルデロン大統領のメキシコと、政権末期のブッシュ大統領のアメリカは、これまでになく協力している。1年前、ブッシュ大統領は麻薬撲滅作戦のために4億ドルを投入し、ヘリコプター、電子探索装置、人員訓練の必要性を連邦議会に要請した。議会は承認したが、未だ関連分野への支出はなされていないらしい。この問題も未解決のままにオバマ新大統領に引き継がれるようだ。アメリカ、メキシコばかりでなく、世界の安全と平和のためにも、こうした組織犯罪の撲滅を期待したい。グローバル化は不可避とはいえ、犯罪のグローバル化だけはなんとしても避けねばならない。


#アメリカ・メキシコ国境における不法越境、密貿易などにかかわる諸問題を鋭く分析した数少ない好著。
Sebastian Rotella. Twilight on the Line. New York: W.W. Norton,1998.


Reference
’Spot the drug trafficker’ The Economist. Novemver 1at 2008.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする