時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

遙かにセントローレンスを望む

2009年10月14日 | 午後のティールーム

 『文藝春秋』11月号を手に取る。長年購読していながら、この頃は印象に残る記事が少なくなった。読む速度が遅くなったこともあるが、前月号をまだ全部読み終わらないうちに、次号が来るということも経験するようになった。時節柄、政治がらみの短期的視点からの論評が多く、大河の底深く流れる動きを示してくれるようなものは少ない。

 こんなことを考えていた時、たまたま目についた記事があった。記事というよりは、巻頭の部分のグラビア「世界遺産の宿(カナダ編)」に、ケベックシティが選ばれていた。北米でもきわめてユニークなこの都市とその周辺は、世界で最も好きな場所のひとつだ。北米に位置するにもかかわらず、フランス文化の色濃く、陰翳のある町だ。 

 この地域で印象に残る所はケベックシティばかりではない。北米第三位の長さといわれるセントローレンス(ST.LAURENCE, ST.LAURENT)という大河と、それが生み出した地域文化、自然の美しさに惹かれ、魅了されてきた。両岸に広がる落葉樹林、通称「メープル街道」の紅葉は確かに世界有数の華麗な絵巻物だが、それ以外の季節もそれぞれに美しい。さまざまな折りに、数多くの思い出が脳裏の底深く刻まれてきた。 

 少しだけ回想のページを繰る。初めてこの大河を目にしたのは、1967年、数えるとすでに40年余りの歳月が過ぎていた。この年、モントリオールでMan and His World  『人とその世界』 のテーマでEXPO67が開催された。EXPOは、セントローレンス川に築かれた人工島が会場となった。 

 これまでEXPOは世界各地で開催されてきたが、開催地の特徴が最も生かされ、楽しい雰囲気に充ちていたという意味では、Montreal EXPOは最も成功した例ではないかといわれている。この行事のために、同市では新しい地下鉄(the METRO)も造られた。

 夏休みの間、モントリオールに住んでいたカナダ人の友人夫妻のアパートに泊まり込んで見に行った。会期中のホテルは高いからと、二部屋しかないベッドルームのひとつを提供してくれた。お互い貧乏学生だった。今も交友が続いている。

 近代的なビルも目立つモントリオールと比較すると、ケベックシティは歴史的な城壁都市だ。クラシックな光景が目につく。新大陸における最初のフランス植民の地だった。フランス語が公用語だ。北米大陸でのフランス語圏としての特徴は、独立運動も介在し、かなり強固に存在する。北米大陸では最も歴史的な都市といえるだろう。多数の歴史的建造物、記念碑、城砦、戦場、そして素晴らしい眺望が楽しめる。ランドマークのような壮麗なホテル、シャトー・フロントナックの美しさはいうまでもない。逆に下町 から見上げる登山電車フニキュラーの光景も趣がある。

 ケベックQuébecの地名は、先住民族インディアンの「川が狭くなった所」kebec に由来するともいわれているが、確かにオンタリオ湖からケベックにかけての流域は、一部を除き、川幅が狭い。雪解け水の激流に目を奪われた。大西洋のガスペ湾から遡行してくると、とてもこの川が五大湖につながるとは想像できないだろう。ましてや、初期の探検家たちが考えた東洋への海路につながるという思いは、厳しい自然の姿を前にして絶たれたのだろう。彼らは何度も遡行の途中で引き返していた。 

 ヨーロッパからケベックに最初にやってきたのは、フランスのサン・マロからやってきたジャック・カルティエ Jacques Cartier だった。1535年のことだった。しかし、彼の植民集落は長続きせず、1608年、サミュエル・シャンプレイン Samuel Chanplainの毛皮交易を目的とした植民砦が取って代わった。

 五大湖から大西洋にいたるこの大河は、北米大陸の歴史の揺籃のような側面を持っている。先住民族と探検者の接触、対立、抗争、融和、交易など、さまざまな次元が展開する。この川の光景も激流あり、悠々たる流れ、淀みもあって、激動、平穏、繊細、広大と次々と変化する。本流に流れ込む支流もそれぞれの特徴を見せる。まるで人間の一生のような思いもする。日本で英語を教えていた、カナダの友人の娘さんを九州天草の半島めぐりに案内したことがあった。第一印象がまるでセントローレンス流域のようだという感想を聞いた。確かに大河の流域に広がる小さな町村の光景は、なんとなく天草の村落の風景に似ているところが多かった。

 この魅力に満ちた大河にまつわるさまざまな関心を引き出す原点となった「セントローレンス川をさかのぼる」の著者は誰だったか、まだ記憶の底に沈んだままでいる。

 


ケベック遠望

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