深刻な不況に直面した場合、移民(外国人労働者)がいかなる行動をとるか。その態様は単純ではない。不況の範囲や深度、移民の置かれた立場によって、多様な対応が生まれる。それでも、金融危機に端を発した今回のグローバル不況は、その広がりも衝撃も過去に例がない深刻なものだけに、以前と比較して、かなりはっきりとした動きを指摘できる。
アメリカ、EUなど移民の大口受け入れ国がほとんど例外なく制限的政策へと移行したこともあって、移民入国者数の減少、母国への帰国(送還)増加という予想される特徴が見られる。金融危機前は、国境開放論もかなり唱えられていたので、顕著な方向転換といえる。
他方で、送り出し国では不況、雇用機会の減少に対応するため、海外出稼ぎを志す動きも強く、世界規模での労働供給圧力は大きい。しかし、ITなど情報伝達手段の発達で、出稼ぎ先の雇用状況も迅速に伝わるため、実際に出国する人たちにとってはブレーキになっている。
こうした状況で、移民の活動を実質的に推測するひとつの尺度として注目されているのが、彼らの外貨送金である。移民の活動において、出稼ぎ先の国から母国の家族などへの送金が重要な意味を持つことは、かねてから注目されてきた。しかし、送金に際して彼らが利用する送金手段、経路、実際の使途と効果などについては、不明な部分も多く、実態がいまひとつ判然としないところがあった。しかし、最近では解明も少しずつ進んでいるようだ。
2001年9月11日の同時多発テロの勃発を契機に、関係国の政府・金融機関などを通して移民の送金の流れを精査する動きが強まった。送金の流れを追求することで、なんとかテロリストの動きが把握できないかとの目的があったようだ。しかし、テロリストに関する情報よりは、移民の海外送金の実態の方が明らかになった。
世界を移動するおよそ2億人といわれる移民が母国へいかなる形で、どのくらいの送金をしているかが少しずつはっきりしてきた。家事手伝い、皿洗い、食肉加工、鉛管工などに従事する移民労働者の外貨送金は、先進国の開発途上国向け援助より額が大きくなった。世銀の調査では、昨年には3280億ドルが先進国から開発途上国へと送金された。この額はOECD諸国からの1200億ドルの政府援助よりはるかに大きい。たとえば、在外インド人からの送金が少ないと云われてきたインドだが、2008年には約520億ドルを海外のインド人同胞から受け取った。これは外国からのインドへの直接投資を上回っている。
移民の絶対数は増加するが、世界人口の3%という現在の比率が大きく増える可能性はない。グローバル不況の影響は明らかで、世銀によると外貨送金のピークは2008年だったかもしれないと推定されている。6月のOECD 報告では、移民は先進国の景気後退のマイナス面を背負っているようだ。たとえば、ヨーロッパで失業率が高いスペインでは、本年六月時点で、全国平均の失業率18%に対して外国人は28%だ。EU諸国で働くポーランド人労働者のように帰国が増える場合もみられる。
相変わらず不明な部分もある。外貨送金額は増加したが、これらが移民労働者の母国へもたらす影響については、依然はっきりしない。ポーランド、メキシコ、フィリピンなど中所得国からの出稼ぎ移民は多い。他方、より貧困なアフリカ諸国からの移民はそれほど大きくない。これらの国から海外出稼ぎに行くのは簡単ではない。ほとんどの移民は、海外へ出稼ぎに行くために、資金や教育という何らかの踏み台、ステップを必要とする。そのため、移民を送り出す家族は、ある程度の所得や貯えがあり、教育も受けていて、平均よりも豊かな家族だ。最も困窮している人たちは出稼ぎに出られない。家族が海外へ行かれるか否かで、貧富の格差が拡大する現象がみられる。
最近では、移民の労働の成果である外貨送金は、それを必要とする人に効率的に届くようになった。これまでのような送金途上での手数料、金利などによる損失・浪費が少ない。携帯電話、送金手段などの発達で最も有利な時期に送金が可能となり、従来送金の過程にあったさまざまな損失・漏出を最小限に防いでいる。
本国の家族へ届いた送金の一部が、消費財などに使われて”無駄に“なっても、大部分は有効に活用されているようだ。教育や健康維持などの積極面にも使われるようになった。
しかし、単なる現金送金という次元での効果を超えて、移民は人的面でのウエルフェア(厚生)を向上させるだろうか。10月5日発表された国連 Human Development Report によると、移民は労働の自由な移動というプラスの面を増加しているという。国境を越えることで、国内では限られている機会が拡大し、より豊かに、健康的になり、教育面でも改善が期待できるという。確かに海外へ出稼ぎに出られることは労働市場の拡大という意味では望ましい。しかし、移民に出ればそれで問題が解決するわけではない。
基本的に重要なことは母国に雇用機会が創出されることだ。そのためには、政治的安定の確保も欠かせない。あまりに貧困なため、あるいは国内の悪政によって、経済的に窮迫、難民化する事態は深刻である。リビアやエリトリアなどにその例がみられる。
移民には従来から指摘されている熟練労働者、医師などの「頭脳流出」というマイナス面も依然としてある。政策上の観点からは、母国の経済発展を図り、国内の雇用機会を増大することが、単に海外出稼ぎを推奨することよりも重要度は高い。この点は、1980年代から指摘されているが、十分定着したとはいえない。開発途上国の経済発展における移民(海外出稼ぎ)の役割と位置づけは、移民政策の根源につながる課題だが、未だ根付いていない。経済発展が軌道に乗るまでの間、海外出稼ぎに頼るとして、答を先延ばしにしている国が多い。
Reference
“The aid workers who really help”The Economist October 10th 2009