日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

要介護3

2012-07-03 07:54:19 | 母のことなど
高速バスの終点から弟の車で病院へ行った。そこへ義姉から電話があり、介護認定の通知が来たので、こちらに寄って申込みに行こうという話しになった。
予測どおりの要介護3。
兄夫婦は既に申込用紙を入手して、認定結果を待つだけになっていた、ワケです。
病室にやってきた義姉の声は、ちょっと上ずっているというか、待ちに待っていたものが来た、という風がアリアリで、切なかった。
当事者(母本人)にとって、それはちっとも嬉しいことではないのだから、もう少しトーンダウンして話してもらえたらいいのに~~、と、心中で思うばかりでどうともならない。
義姉は「一刻も早く申込もう」という勢いで、「私も室内を見せてもらってくるからね」と一緒に施設に行く。
同居しているのは、義姉なのだから書類の申請、諸事情の確認に答えるのも義姉。

それは出来ません。ダメです。なんていう言葉を聞くと、またまた切ない。
介護施設なのだから、当然のことなのだけれど、「子供の顔がわかりますか」なんていうレベルの質問が続くので、
「従来から膝が痛くて、両腕で支えかあってどうにか暮らしていたこと。脳梗塞で右半身が麻痺しているため、左手でかろうじて身体を支えるので、トイレには介助が必要です。
尿意のガマンも出来るので、衣類の上げ下ろしの補助以外は自分で出来ます」
と、ついつけくわえると、
「○ちゃん、黙って!」と義姉。
あっ、立場が違う、と気づく。
施設に入所させるのが目的だから、「出来ない」じゃなくてはならないのだ。

義姉にとっては姑だもの。
「入所できるまで、自宅に戻る」は絶対ナシなのです。

そっか、…了解。
と。

この状態で長男夫婦の世話になることを期待してはならない。
できることは、施設に入って、私が帰省するときに、家に連れ帰って、添い寝して一泊か2泊できること。
それが最善だと思う。そのためにも、仲良くあらねばならない。
「娘が良くしてくれる」は絶対禁句と母に言っている。
母娘だから、そんな言葉は要らない。
どうあろうとも、長年一緒に暮らしてきたのは長兄夫婦なのだから。

母の「もう、いいのだ」の思いは判っているけど、
ひとつでも「よかったな」を付け加えてもらいたいために、これからはあるのです。
私に老親を気遣ったという気持ちを残させてくれるためにも。
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