気温が日中は38度以上にもなる炎天の下、テーブル用といわれる一房ごとの葡萄を摘み取る作業は機械では代替できない。朝7時から8時間、時間賃率7ドル(約770円)が続く。これに、一箱ごとに30セントの割り増しがつくが、炎天下で休憩時間も十分でなく、熱中症で倒れ、死亡する例が絶えない。
本年8月に改定されたカリフォルニア州の労働規定では、使用者は熱中症にならないよう、労働者に日陰の休息場所、最低5分以上の休憩時間、1時間ごとに水を供給するなどの義務が課せられている。しかし、この条件は必ずしも守られていない。
こうした農業労働者の過酷な労働実態は、移民労働などの専門家の間ではかなり知られているが、最近の経済誌(The Economist)が、その断面を伝えているので、紹介したい。
外国人労働者に頼るアメリカ農業
典型的な例として、週70ドル、食事込みで子供2人をキャンプの小屋に置きながら、夫と妻と10代の息子が葡萄やいちご摘みなどの作業に携わる。彼らの多くはメキシコなどから、アメリカ入国に必要な書類を保持しないで密かに国境を越えた不法労働者undocumented workers である。
アメリカ労働省の調査では、農業労働者の53%近くが不法であり、カリフォルニア州では90%近いと推定されている。(筆者がサンディエゴ地域で日米調査に携わった時も、農業労働者の過半数は不法労働者であった*。)言い換えると、彼らに依存しないかぎりカリフォルニア農業は、もはや存続しえない。
国内労働者は就労しない
アメリカの国内労働者は、農場労働などの厳しい仕事に就きたがらず、農業経営はこうした外国人労働者に頼っている。メキシコ側国境周辺にもメキシコ人労働者が働く機会が少なく、北を目指して不法に国境を越える労働者の流れは絶えることがない。 厳しい経営・労働とりわけカリフォルニア州などでは、農業が大きなビジネスになっており、アーモンド、ウオールナッツ、いちご、葡萄など、生産品種は250にも達している。
厳しい競争条件
しかし、農場の多くは一部の大農場を除くと規模が小さい。市場の変動や大雨などの天候条件が変わるだけで、経営破たんに追い込まれる農場も少なくない。 利益確保のためには、賃金などの労働条件を改善するインセンティブは生まれない。農業労働者は農場主に直接雇われることはなく、請負業者を介在して収穫期だけ働く。そのため、農場から農場へと移動する生活である。
こうした労働条件を改善する道は厳しい。労働者自ら悪条件を改善するよう、農場主に要求したりすることは、力の関係から現実にはほとんどない。南からの労働力供給は豊富であり、労働組合もこの分野では組織化も難しく、影響力が乏しい。こうした農業労働での不法労働者を限定的に合法化することを含んだ”Agjobs” bill と呼ばれる移民法の抜本的改正が議会で検討されているが、国境管理を厳格化せよとの要求も強く、その帰趨は予断を許さない。 この法案は、2003年7月以降農場で少なくも100日を経過している不法労働者に、一時的な合法資格を与え、彼らがさらに次の6年間について360日就労したならば、永住権取得への道を開くものである。
グローバル化が生む「怒りの葡萄」
カリフォルニアの農場から農場へと移動しながら、厳しい労働条件の下で働く農業労働者の姿をリアリスティックに描き出したスタインベックの名作『怒りの葡萄』(1939年)の世界は、今日も変わることなく続いている。アメリカ・メキシコの間に横たわる大きな経済格差が改善を見る日まで、この厳しい実態が大きく改善されることは期待できない。現在、進行しているグローバル化の過酷な一面をここに見ることができる。
Source
Farm labour: The grapes of wraath, again. The Economist, September 10th 2005.
ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』(大久保康雄訳. 新潮社, 1969、原著は1939年)
桑原靖夫編『グローバル時代の外国人労働者 どこから来てどこへ』東洋経済新報社、2001年