Vincent van Gogh. Roses, 1890, Gift of Pamela Harriman in memory of W. Averell Harriman 1991.67.1 National Gallery of Art, Washington, Gift of Pamela Harriman in memory of W. Averell Harriman
あなたの見ているゴッホの色は?
今、見ている絵画の色は、画家が実際にキャンバスに向かって描いた時の色だろうか。こんなことは、美術館で作品を見ている時には、あまり考えたことがなかった。しかし、今年の夏、暑いオックスフォードで調べものをしている時にふと思い当たった。いつもの悪い癖なのだが、本来の仕事を放り出して、いくつか資料を読んでいると、実は時の経過とともに、絵画は著しく変色、褪色してしまうことを改めて知らされた。
やや誇張していうと、作品によっては、画家が絵筆を振るった一瞬がイメージした真の色であり、完成してしばらくすると、もう古くなっているのだ。作品は「生鮮品」であるといえる。作品がどれだけ制作時の「鮮度」を残しているかは、さまざまな要因によって決まる。保存状態、経過した時間の長さ、画材など、複雑な要因が介在している。このあたりは修復学では、多くの蓄積があるのだろう。
ピンクであった白いバラ
ひとつの例をご紹介しよう。ワシントンの国立美術館が所蔵するゴッホ Van Goghの「白いバラ」White Roses と題されたよく知られた作品がある。画家が精神に異常を来たして収容されていた時の作品である。しかし、制作時の1890年頃には病状も落ち着いてきたこともあって、大変美しい静物画である。
この作品について1990年代末ごろにひとつの事実が明らかになった。どうも制作時は、一部におそらくあかね色 madder red が使われていたらしい。そして、バラの色もピンクであったようだ。最近では作品名も「バラ」roses になっているが、美術館の所蔵する古いポスターには画家が使った褪色する前の色が残っているらしい。
品質の悪い絵具
なぜ、こうしたことが起きたのか。その最大の原因は、絵具・顔料にあるらしい。ゴッホは作品に使う絵具を、パリのジュリアン・タンギー Julien Tanguy (この画商は出入りの画家に大変愛された人物で、ニックネームの「ペレ」で知られていた)という画材商(14 rue Clauzel) から購入していた。ポール・セザンヌなどもお得意だった。ゴッホはこの画商の肖像画を3枚も残している。
画材商の妻は、ゴッホがかかえている画材の借金の返済を促すよう夫にいつも迫っていたらしい。他方、ゴッホの方は、絵具の品質には強くこだわっており、タンギーの画材のいくつかには不満を持っていたようだ。
このブログでとりあげているラ・トゥールの作品発見の過程でも、後年のさまざまな修復や加筆によって、真作・贋作の判別に困難を来たしたり、結果として作品が大変荒れてしまったものもあることを思い出した*。「移ろいやすいは世のならい」は、芸術の世界も例外ではないようだ。
* 下記の「手紙を読む聖ヒエロニムス」で触れたことがある。
http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/e/78ad356559daedf2280f2cee61dc0b11
Image: courtesy of the National Gallery of Art, Washington, D.C.
http://www.nga.gov/education/vgt_slide17.shtm
Reference
Victoria Finlay. Coloour, London: Sceptre, 2002.