国境で逮捕される不法入国者
食い違うアメリカとメキシコの利害
メキシコの政治家にとって、外交上の優先度はなんといっても最大の隣国アメリカと良い関係を保つことであり、それを通してアメリカへ移民を多数送り込むことに尽きるとされている。しかし、アメリカ側からすると、隣国メキシコ以上に重要度の高い国々や問題が多数ある。たとえば、テロリストについても、アメリカ側はいまや「自国をなによりも重視して防衛する」という対応になっている。したがって、国境での入管審査でも中東へ行った形跡があるかなどを調べるため、大変な詮索が行われる。こうして移民と安全保障という要因は、国境政治の次元で激しく衝突している。
高まる緊張
今年、8月中旬、ニューメキシコとアリゾナの州政府は、メキシコとの国境について、緊急事態宣言を発表した。不法移民が麻薬密貿易などにかかわる騒動などを憂慮してのことである。両州の国境沿いのカウンティは、国境警備のために特別の資金助成を受けている。両州の知事はいずれも民主党系であり、来年の選挙を見据えて不法移民対策について、「ソフト」であると考えられたくない。今年初め、アリゾナでは自衛のスタイルをとったミニットマン(Minutemen 州兵)がメキシコとの州境警備についた。明らかに手不足になっている連邦の国境パトロール体制を非難する形である。
不法移民と麻薬取引は別問題?
メキシコ政府側にとっては、こうした移民と麻薬取引業者のかかわる暴力事件などは別の問題と考えたい。アメリカ側の農場、ホテル、レストラン、土木現場などでは、安い労働力が依然求められている。カリフォルニアの国境の壁が強化されたことで、アメリカへの不法入国を目指すメキシコなどの労働者は、危険度が高いアリゾナやニューメキシコの砂漠地帯を選択している。昨年10月以来、124,400人の不法移民がアリゾナ国境のユマ地域で逮捕されている。前年同期比で46%の増加である。
他方、カリフォルニア、サンディエゴおよびエル・セントロ地域ではそれぞれ13%、30%減少した。全体として逮捕者は100万人を越えている。前年より2%多い。しかし、逮捕される二人のうち(多くは繰り返して入国を企図)一人は目的を達しているとみられる。メキシコ政府の主張メキシコ政府筋は最近の暴力事件の増加は、大きな麻薬ギャングのキャンプを撲滅した結果で、むしろ対策が成功している一面だとしている。今年になって、北メキシコで数百人の死亡者を出した事件の後、アメリカはヌエヴォ・ラレドの領事館を一時閉鎖した。「暴力行為が長引くだけ、アメリカ人にとってメキシコ人は信頼できるパートナーとは考えにくくなる」とアメリカの外交官は直裁に述べた。領事館閉鎖は暴力をコントロールできないメキシコ側への罰則とまで言っている。
すれ違う論理と高まる密輸の報酬
これに対して、メキシコのヴィンセント・フォクス大統領は、人身売買などにたずさわるトラフィッカーはアメリカが必要としているから供給しているにすぎないとした。国境警備は厳しくなっているにもかかわらず、アメリカへ入国を図るメキシコ人は絶えない。問題は国境の冷酷な論理では、コントロールが厳しくなるほど、麻薬や人(テロリストも含まれる)を密輸する報酬は高くなる。
Reference
Cross-border, cross-purposes The Economist, August 27th 2005