時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

誰が苺を摘むか

2008年01月23日 | 移民政策を追って

  かつてイギリスでしばらく暮らした時、この国の野菜や果物が概して不味なことに落胆した。その原因を考えてみたが、複数の要素が重なっているように思えた。

  ひとつは、全体に繊細な野菜を育てるには地味が良くないようだ。地元の農家直売の野菜を買ってみたが、味はいまひとつだった。
作物によっては適した地域もあるのかもしれないが、真偽のほどが分からない。ほうれん草なども、日本人が好んで食べるような「お浸し」にはとてもならない。あくが強くて、ばりばりとして硬い。ポパイの缶詰?のように、ほうれん草の形態がなくなるまで煮るか茹でるかしないと、食べられないことが良く分かった。 

  さらに、果物などの品種改良が進んでいない。苺やトマトなども日本の味に慣れてしまったこともある。それでも、オランダやスペイン、イタリアなどからの輸入品は、価格は高いが味はまずまずであると思った。イギリスの名誉のために付け加えると、隣家からいただいた野生のベリーなどは、それぞれ固有の味があった。しかし、概してこの国の人は食べることに日本人ほど関心がないようだ。 

  さらに関連して、その後、イギリス国内の農業労働者が不足し、ポーランドなど東欧諸国、果ては中国人の不法滞在労働者にまで依存している実態も伝わってきた。  

ポイント・システムへの移行  
  こうした中で、今年3月からイギリス政府は、これまでの移民受け入れシステムを、オーストラリア型のポイント制度に変えると発表。対象となるのはEU域外から入国してくる移民労働者である。評価は、教育、稼得収入、年齢、英語力などの採点に基づいて行われる。

  新制度導入の理由は、第一に従来の複雑な制度の簡素化である。ちなみに、現行システムは5階層からなり、80種類に及ぶ分類となっている。もうひとつ、関係大臣が述べているのは、イギリスが本当に必要とする人材だけを受け入れるという方向である。この路線に沿って行われる今回の制度改革は、イギリスの移民システム始まって以来の大改正といわれている。  

  今回の改正に関連して、ゴードン・ブラウン首相は、「イギリス人労働者にイギリスの仕事を」 'British jobs for British workers'と発言。 付け加えて、過去10年間、270万人分の雇用が創出された中で、150万人分は外国人労働者のものとなったと、言わずもがなのことまで口にしてしまった。

新システムの評価  
  イギリス政府は新システムに期待をかけているようだが、施行前からすでに限界も指摘されている。移民問題の専門家、ロンドン大学のジョン・サルト教授は、新しいポイント・システムでカバーされるのは移民労働者の40%以下であると推定している。理由は、EU新加盟国のルーマニアとブルガリアを別にすれば、EU国民ならば、ヨーロッパのどこでも自由に働けるからとしている。   

  高い報酬を得ている専門性の高い労働者(科学者、企業家など)は、5階層区分の第1階層に区分される。年間4万ポンド以上の報酬が期待できる大卒者は、簡単な質問に答えるくらいで入国を認められる。仕事のオッファがなくても入国が認められるなど、格段に入り口が広がる。4年後には定住資格も与えられる。看護士、教師、エンジニアなど第2階層区分に入る中程度の熟練の労働者は、ポイント・システムの運用に十分配慮する必要が生まれる。この階層区分は臨機応変に調節されるらしい。そして、この階層以下はヴィザの期限失効とともに、出国しなければならない。
  
最大の問題領域は不熟練分野
  今回の改正で最大の影響を受けるのは、熟練度の低い労働者である。新システムでは、第3の階層区分に分類されるこれらの低熟練労働者(EU域外からのみ)は、少なくも当面は閉め出される。残りの2階層は留学生と特別の短期低熟練労働者に対応する。いずれもヴィザの失効とともに、出国が義務付けられる。  

  深刻な影響を受けるのは、苺摘みなどをしているウクライナからの労働者やロンドンのレストランなどで皿洗いなどをするバングラディッシュ労働者などに象徴される熟練度の低い労働者である。建設労働者もこの第3階層区分に入る。この区分の労働者の入国は格段に厳しくなり、オリンピック直前の建設工事のような緊急の必要が発生した時にのみ開放されることになった。 第4階層は学生、第5階層は外国企業からの派遣、文化交流による若者の滞在など、その他の短期労働者である。

  他方、イギリスでは、青年はまもなく18歳まで教育課程に在学するようになる。こうした熟練度の低い仕事は、学校を卒業した若者にとって魅力に乏しい。結局、早晩、現在は受け入れていない ブルガリア、ルーマニアなどから受け入れる可能性が高い。一度閉じたドアを再び開けるということになりかねない。

激しくなる労働者の争奪 
  かつて、1970年代のアメリカで高度資本主義国では、熟練度の低い、きつい労働は引き受け手がなくなるという議論があった。「誰が汚い仕事をするか」 Who will do the dirty work? という衝撃的なテーマであった。この問題は、日本でもバブル期以降、「3K労働」の名の下にひとしきり議論された。

    アメリカはメキシコとの間の国境管理を緩やかにすることで、農業、サービス分野での労働力不足に対応してきた。その結果は、1200万人近い不法滞在者の存在と、改善されることがない農業その他の労働分野での移民労働者への依存状況を生み出した。今回の大統領選で、各候補にとって、きわめて対応の難しい問題となっている。

  世界的な人口増加が続くなかで、先進国の労働力不足は単に高度な熟練カテゴリーにとどまらず、多くの分野で深刻化し、労働者の争奪が展開しつつある。

  目先の問題に明け暮れる日本は、すでに労働力不足が深刻化してかなりの時間が経過しているのだが、まだほとんどまともに議論がなされていない。労働力は余っているよりは、足りない方がまだましと思われているのだろうか。フリーター、ニート問題以降、労働市場についての議論がバランスを失しているようだ。地方の衰退も高齢化、若者の流出などによる働き手の不足が要因となっていることが多い。医療や看護・介護分野の人材不足もひとつの側面である。日本が誇る農業や果実栽培も、風前の灯火である。国の活力の衰退を含め、労働力不足の打撃がいかに大きいか、新たな視点が求められている。



Reference
”Guarding British soil”The Economist January 5th 2008.
UK Home Office. Selective Migration, 2005.

コメント (2)
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