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時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

画家と政治家

2008年01月15日 | レンブラントの部屋

 Rembrandt.Andries de Graeff(1611-79)
Canvass, 200x125cm. Bredius 216
Kassel, Gemaldegalerie Alte Meister

 
推理の力
    グリナウエイ監督の新作映画「レンブラントの夜警」は、主要紙のほとんどが映画評に取り上げた。それだけ注目を集める内容であり、単なるミステリー、エンターテイメント次元の作品ではないことが伝わってくる。とはいっても映画は見ていないのだが、画集で「夜警」の細部を改めて見てみると、これまで気づかなかったレンブラントを考え直す新しい材料が多数含まれていることに驚く。今までなにを見ていたのだろう。

  映画の方も記録ではなく興行を目的とする作品である以上、多くの推理で構成されていることはいうまでもない。しかし、脚本作成に際しては、最新のレンブラント研究の成果が十分に考慮されていることが推測できる。同時代の画家と比較すれば、格段に史料も多く、研究も進んでいるレンブラントだが、断片的史料の間隙を埋めるのは推理の力である。レンブラントはこの作品を制作するについて、かなりはっきりとした論理を組み立てていたことは確かである。しかし、さすがに大画家であった。その論理を読み取ることはきわめて難しい。かなり細部にわたって綿密な計算が仕組まれている。


政治との係わり合い
  この時代に限ったことではないが、画家が世に出るためには、有力なパトロンの確保が大きな鍵を握っていた。「夜警」をめぐる人物の複雑な関係が示すように、多くの画家は処世の上でも政治とさまざまな係わり合いを持っていた。アムステルダム市の政治世界の中に、レンブラントも確実に身を置いていた。それがどの程度のものであったかについては、推測の域を出ないが、世に出るまではともかく、ひとたびその名が知られるようになると、これだけの力量を持つ画家を世の中が放っておくわけもなかった。

  駆け出しの画家は、自らパトロンや顧客へのつながりを求めるが、レンブラントのように名を成した大画家になると、自分の肖像を描いて欲しいという有名人は数多かった。その範囲もオランダにとどまらず、ヨーロッパ全域にわたっていた。しかし、肖像を描いてもらう側からすると、画家が自分が期待するように立派に?描いてくれるとの保証はもらえない。

作品を受け取らなかった男
  中には自分で肖像画を依頼しておきながら、作品が気に入らないと返却し、代価を支払わないという者まで現れてくる。レンブラントの場合、よく知られているのが、アンドリュー・デ・フラー
フ Andries de Graeff(1611-1778)というアムステルダムきっての資産家といわれた男である。後に同市の市長にもなったようだ。財力、権力ともに持ち合わせていたことは疑いない。

  1639年、レンブラントが33歳の時、全身の肖像画を依頼される。当時の肖像画はほとんど半身像である。ひとつの理由はコストのためと思われる。全身像は作品が大きくなり高くつくので、財力や権力を誇示する目的でもなければ半身像が普通だったのだろう。

  このフラーフの場合、依頼しておきながらなにが気に入らなかったのか、作品は返却され、報酬の支払いもなかった。推測されているのは、比較的単純な理由で、フラーフの顔の頬がやや赤く描かれ、酒を飲んで酔っ払っているようにみえ、背景に描かれている鉄の扉が同市の知られた酒場の前であることを暗示しているとの推測がなされたためと言われる。

謎の手袋
  現存する作品を見てみると、確かに指摘されるような部分は見受けられるが、酒を飲んでいることを暗示するのか、同時代人でないと判断しにくいほどのものである。ただ、描かれたフラーフの右手の武闘用の手袋がわざわざ脱ぎ捨てられ、足元に放置されているという謎の部分もある。画家がフラーフの男らしさを強調する意味で、あるいはなにかへの挑戦(フラーフが酔っ払っていることを揶揄?など)を暗示するために、こうしたポーズを選んだとしか思われない。

  レンブラントは、このアムステルダムでも数少ない実力者に画家は敢然と立ち向かい、裁判に持ち込み、勝訴し、報酬を支払わせた。この画家はかなりの自信家でもあり、強い信念を持っていた。
  
  ちなみに、この係争事件以降、フラーフ一族からレンブラントへの注文は途絶えたようだ。そして、さらに謎を呼ぶのは、フラーフと「夜警」に描かれた中心人物バニング・コック隊長は義理の兄弟だったということが判明している。「夜警」ではコック隊長は左手の手袋を外している*

 

* 隊長が右手に持っているものが、自分の手袋なのか、地面に落ちていた右手用の手袋を拾い上げたものかは、確認できない。もし、後者だとするとコック隊長がフラーフに代わって画家に挑戦するという含意があるとも考えられる。


Reference
Rembrant's Universe:His Art, His Life, His World by Gary Schwartz. New York: Abrams, Hardcover, Sep 2006.

 

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