アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が12月16日の公開市場委員会で、政策金利を年1.00%から過去最低の0.00~0.25%に引き下げると発表したことで、今回の不況は大きな転機を迎えた。アメリカにとっては史上初のゼロ金利である。事態はかつてない局面へ入った。
不況はインフルエンザのようにグローバルな次元へと拡大し、ほとんど同様な症状を呈している。そのひとつが雇用情勢の悪化だ。労働者の間では、移民(外国人)労働者、有期雇用労働者、先任権 seniority が短い労働者などが、最も深刻な影響を受けている。外国人労働者については、日本でもようやくメディアに取り上げられるようになった。外国人の集住地域では、解雇され、職を失った日系ブラジル人などが留まるか、帰国すべきかの岐路に立たされている。
苦境に立っているのは、先進国の労働者にとどまらない。1、2ヶ月前まで、「わが国の経済は底堅い」と指導者が胸を張っていた中国でも、農村部から都市部へ出稼ぎに来た農民工が同様な状況に追い込まれている。その数2億人ともいわれる農民工が都市部で働いているが、建設工事、輸出産業の不振などで失職した労働者が、農村へ戻る動きが見られる。しかし、いずれの場合も、戻った先に仕事の機会がないことが問題となっている。(農民工も広い意味では出稼ぎ労働者の範疇に含まれる)。
このたびの大不況で、アメリカに不法滞在していたメキシコ人労働者などが、帰国を決意する動きが現れていることはすでに記した。その後、具体的な事例が報じられるようになった*。
メキシコ、ミチョアカン州、シンキアという人口700人ほどの小さな村の例が報じられていた。メキシコではどこにも見られるような村である。この村からアメリカへ出稼ぎに行った労働者たちからの送金は、村の全所得の12%近くになる。この村からアメリカ、フロリダは働きに行っているセレゼロさんは1児の母だ。母子家庭で娘を妹に預け、出稼ぎにアメリカへ行った。
彼女は、毎週1500ペソ(110ドル)を送金してきた。しかし、今回の不況で失業してしまった。住宅不況とリンクする建設労働者の失業はひどく、他の産業でも仕事は見つからない。彼女は帰国することにした。生活費が高いアメリカで失業しているよりは、メキシコで失業しているほうがまだましという判断だ。
ところで、World Bankの推計によると、今年1-8月、アメリカからメキシコへの送金は前年比でマイナス4.2%に達した。しかし、メキシコ中央銀行の発表では、10月にこの比率は大きく跳ね上がって上昇した。その背景には、多分失職した労働者が、帰国前にそれまで貯めていた現金を送金しているためと推定されている。 Pew Hispanic Center によると、アメリカの不況の深刻化とメキシコからの越境が難しくなっていることが重なって、1200万人と推定されるアメリカ国内の不法移民の数はピークを打ち、やや減少している。アメリカ経済の深刻な悪化に伴って、隣国メキシコの経済も窮迫しており、ペソの価値も低下が著しい。
アメリカは、この機会に不法滞在者を少しでも減らそうと考えているようだ。国境パトロールが拘束した不法越境者や不法滞在者を積極的に本国へ送り戻している。帰国費用を持たない労働者については、その負担までしている。第一次石油危機後、帰国しない外国人労働者に苦慮したフランス、ドイツなど受け入れ国が実施したが、自発的な帰国者は少なかった。ちなみに、今回の危機で、メキシコのように陸路が使えないエル・サルバドルなどの場合、アメリカ側は航空機でピストン輸送で送り戻している。といっても帰りは乗客のいない空の運行となる。不法移民の送還費用は一人680ドルかかるといわれるが、アメリカも今や背に腹はかえられないのだ。
日本の雇用情勢も急を告げている。目前の苦難に対応するため、当面切り張りのような対応もいたしかたない。しかし、それだけでは破綻は必至だ。中長期的に雇用創出を旨とした基本政策の確立を図らねば、この国に将来はない。現状は、不況で職を失った労働者になんとか冬を越してもらう程度の対策に過ぎない。
バラック・オバマは「アメリカン・ドリーム」を実現したが、ヒスパニック系労働者は夢が潰えて、苦難の時を迎えている。日本はなんとしても、次世代のために夢と希望を取り戻さねばと思う。この国は、いかにして生きるか。再生の姿が描かれるまで、しばらくがまんの時が続く。しかし、与えられた時間は長くはない。
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CBS News、December 17th, 2008
"The end of the American dream." The Economist 13th 2008.