Antoine Le Nain, ou Louis Le Nain
(Antoine;1588-1648/Louis; 1593-1648)
Famille de paysans dans un interieur
Huile sur toile
113 x 159cm
R.F. 2081
Musée du Louvre
国立西洋美術館で開催中の『ルーヴル展』で、ここまで来てくれたからには、もう一度良く見たいという作品もある。ル・ナン兄弟『農民の家族』だ。実際は、一度どころか何度見たか分からない作品のひとつになっている。かねてから、ラ・トゥールに抱いた関心とは少し違った意味で、この三人兄弟の画家*に興味を惹かれていた。そのわけは長くなるので、いずれ記すことにしたいが、この画家の作品には、クールベにならって、「こんにちは、ル・ナンさん」と挨拶したい。
3世代にわたるとみられる農民の家族を描いた上掲の作品(今回来日、展示)は、同じルーヴルにある『農民の食卓』(下掲)、『鍛冶屋』などと並んで、画家の代表作品とみなされている。2007年にオランジェリーで開催された特別展では、「ル・ナンの輝き」La Galaxie Le Nain と題されていた。といっても、3兄弟の誰が描いたのか、共同作品なのかもよく分かっていない。裏面に姓しか記入のない作品署名では、専門家でも判別できないようだ。1630年代には、3人が共同でパリに工房を持っていたようだから、兄弟意識も強く、お互いに絵筆を入れていたのかもしれない。最近ではLe Nain とされて、あえて誰であるかを特定していないことも多い。
それはともかく、ル・ナンの作品は最初に出会った頃から、大分受け取る印象が変わってきた。ラ・トゥールと同様に、あの「現実の画家たち」Les "Peintres de la Réalité"の一人だ。ルーヴルには1848年から展示されるようになったらしい。
17世紀の農民の生活情景を描いているという点で、さまざまなことを一枚の作品を通して知ることができる。貧しい農民を画題とすること自体が注目を集めた。パリ・サンジェルマンに工房があったこともあって、とりわけ、サン・シュルピス教会の聖職者の間で、議論を呼んだらしい。とにかく、それまでフランス絵画の伝統の流れには存在しなかった自然主義であり、少なくも当時のファッションではなかった。作品が発表された頃は話題を呼んだのかもしれないが、その後18世紀後半までほとんど忘れられていた。
ル・ナンの作品を眺めているうちに、いつの頃からか、17世紀の同時期にオランダ画壇で流行していた集団肖像画ジャンルのフランス農民版といってもよい気がするようになった。時代を貫く精神が、作品の根底に流れているのだ。
土間といってよい粗末な室内に家族が集い、中央にはこの家族の中心らしい男がパンを手に座っている。ワインのジョッキとグラスを持った男の妻と思われる女、笛を吹く子供、長女らしい娘、土間に座り込んだ男の子、後方でなにを見るともなく立っているのは孫たちだろうか。暖炉の前で背を向けて、顔さえ判別できない人物も描かれている。これは、ル・ナンの作品の中では異例だ。制作時に雇い人など、家族でない人がいたのかもしれない。前面には犬と猫も描き込まれている。家族の中のウエイトを暗示しているようだ。
そして、ルナン兄弟の作品にかなり共通しているが、描かれた人物の立ち居、振る舞いが独特だ。自然主義の流れを示すように、大変リアリスティックに描かれている。しかし、ひとりひとりの表情が、一部の作品を除いて、なんとなく堅い。描かれることを意識して、それぞれがポーズをとっている。これが、画家の求めたものであったのか、モデルが緊張していたのか。写真のない時代、描かれる方は相当緊張していたのだろう。さらに、後年になって農民を描いたにしては衣服などが立派すぎ?、ブルジョアの田園生活の一情景ではないかとの解釈も生まれたようだ。
ルナン兄弟の作品を通して感じることは、画風はナイーヴで静態的だが、いずれの作品も対象が歪められることなく、しっかりと描かれていて、見る人の胸を打つことだ。なによりも、描かれた人たちの真摯なまなざしが時代を超えて伝わってくる。
*Antoine Le Nain (c.1599-1648), Louis Le Nain (c.1593-1648), and Mathieu Le Nain (c. 1607-1677),