「ドイツは利己的」'Those Selfish Germans' と題した移民受け入れに関する小さな記事に出会った*。これを材料に少し考えてみた。
2004年にEUは、ポーランド、ハンガリーなど10カ国を新加盟国として受け入れることを決めた。今年5月1日は、その5周年記念日だった。新加盟国10カ国は、当初はいくつかの制限が付いていたが、5年経過した今年はフルメンバーになれると期待をしていた。
ところが、先頃、ドイツ政府は2004年加盟の東欧8カ国からの労働者受け入れを制限する政策を継続すると発表した。ただし、同じ時に加盟したサイプラスとマルタについては小国であるため例外とするという措置である。こうした制限措置は、2009年に撤廃されるはずだった。しかし、ドイツは「労働市場に重大な混乱」あるいは「その脅威」がある場合にかぎり、2年間延長継続できるという条項を発動したのだ。ドイツと同様に、制限措置を継続するのはオーストリアだけである。
しかし、ポーランドやスロヴァキアからの労働者の移動が、ドイツに重大な混乱を引き起こすという認識についてはEU諸国間で異論が提示されている。世界大不況にもかかわらず、ドイツは熟練分野の一部に人手不足が生まれている。他方、不熟練分野でも農業、建設など人手が足りない分野があるが、外国人労働者にとってもそれほど魅力的なものではない。ドイツの労働市場規制は、かなり政治的判断によるものと考えられる。
6月のヨーロッパ議会の選挙結果を見ると、ひところの拡大EUへの熱意は消えてしまった。政治家も国民も自国の利害が第一なのだ。ヨーロッパにとどまらず、世界的にナショナリズムが盛り返している。EU諸国民のヨーロッパ議会への関心はきわめて冷めている。自国の選挙には強い関心を抱いているが、ヨーロッパ議会はなんの影響力も持たないサロンのように考えられているようだ。自分たちは知らない議員たちが高給をとって高い年金、支出を享受し、ブラッセルからストラスブルグまで無駄な会議出席を繰り返しているというイメージだ。
他方、ドイツは他の加盟国にまして、EU拡大に尽力してきた国である。そのためにEU拡大を目指す人たちから見ると、銀行救済のための共通ヨーロッパ基金に反対し、EUが共同して経済刺激策を準備することに同意しない言動などに見られるアンジェラ・メルケル首相の対応が後ろ向きに見えるようだ。
これまで、フランスの保護主義を抑える役割を果たしてきただけに、「ドイツよお前もか」という受け取り方がされるのだろう。ドイツ政府はウクライナの不安定化などを、こうした制限措置継続の理由のひとつとして挙げているようだ。とりたてて、ヨーロッパに背を向けようとしているのではないと思われる。世界的にグローバリズムへの警戒感が高まり、国民国家の障壁強化へ流れが変わっているのだ。国民国家の壁はそう簡単には崩れない。
確かに、英誌が指摘するように、出入国管理を通しての労働市場の制限強化は、それほど論理的でも現実的でもない「恐れ」におびえての対応ではある。しかし、ヨーロッパ議会と各国国民との距離感がもっと短縮されないかぎり、国民はより信頼できる自国政府に傾斜し、EUへの政策重心移動をめぐる域内諸国間のせめぎ合いは果てることなく続くだろう。それまでは、ブラッセルもストラスブルグも近くて遠い場所なのだ。
Reference
* ”Those Selfish Germans” The Economist May 2nd 2009