イギリスで出版されている文庫や雑誌には、表紙が秀逸なものが多い。ペンギン・シリーズについては、過去に出版された作品の表紙だけを集めて一冊の書籍としたものもあるほどだ。これを見ていると、20世紀社会史のおさらいをしているようで楽しい。同様に、これも著名な英誌The Economist誌の表紙もおもしろい。タイトルからは経済誌のような印象を受けがちだが、経済、政治、科学、文化と幅広くカヴァーしている。
最近の同誌の表紙、「デトロイトザウルス壊れる」‘Detroitosaurus wrecks' は、GMに代表されるかつてのビッグスリーの大破綻をシニカルに描いたものだ。General Motors (なんと壮大な社名だろう!)は、去る6月1日付けでチャプター11の申請を行い、事実上破産した。同社創立後101年目の出来事だ。
GMは2008年にトヨタにその座を取って代わられるまで、世界最大の自動車企業として君臨し、年間9百万台の乗用車、トラックを34カ国で生産してきた。463の子会社、23万4500人の従業員を雇用し、そのうち9万1000人はアメリカ国内での雇用だった。さらに、GMは49万3千人の同社退職者に医療給付と年金給付を支払ってきた。そして、アメリカだけで5008億ドルの部品やサーヴィスを購入してきた。
GMは幾度となく危機を克服してきた。不況時には従業員のレイオフも頻繁に実施された。しかし、ひとたび景気が回復すれば、彼らは次々と再雇用された。長い先任権を確保した基幹従業員になれば、早期に退職して人生を楽しむことができたし、親、子供、孫と3代にわたり勤務する従業員もいた。GM独特の企業風土が形成されていた。ひとたび就職できれば「鉄鍋飯」といわれ、退職しても住宅から医療まで企業が丸抱えで面倒をみてくれた改革・開放前の中国国営企業を思い起こさせる。それを可能にしたのは、ビッグスリーの名が示す強力な市場独占力とビッグレーバーとして知られたUAWの交渉力だった。
破滅は地滑り的に進行した。GMは今回の再建過程で、難航していたUAWとの交渉で、重荷となっていた健康給付の負担を組合が運営する基金へ移転し、新規に雇用する労働者の賃金・給付コストをトヨタやホンダのようなライヴァルの海外工場と同等水準まで引き下げることを意図している。同じデトロイト・スリーのフォード、クライスラーは、一足先に再建過程に入っている。
GMを構築したのはアルフレッド・スローンだ。ヘンリー・フォードほどの起業家的あるいは技術的才には恵まれなかったが、組織を構築する非凡な才を発揮した。あらゆる収入と目的にかなう車を作ることを目指した。
彼の企業組織は、北米のような市場の独占を企図するには格好なものであったが、ひとたび環境が変化すると救いがたいほど非弾力的であることを露呈した。1970年代にビッグスリーが直面した危機は、良質で小型な日本車の登場ばかりが原因ではなかった。GMが、そうした変化に対応できなかったことが問題だ。 デトロイトが政府の保護を求めてワシントンでロビイングに没頭することを少なくし、日本車などに対抗できるより良い車の開発、生産に当てたならば、事態はこれほどまでにはならなかっただろう。
80年代に訪れたデトロイトのビッグスリーの某社企画担当者から、なぜ日本車が売れるのかと聞かれたことがあった。市場のニーズに的確に対応しているからではないかと答え、日本市場で販売を伸ばすには、ハンドルくらいは右側にしなければと口を滑らせたら、アメリカ企業はそんなことはできないとにべもない答で唖然としたこともあった。
さらにGMは退職者に完全な年金と医療給付を保証したのだ。これは政府にも一端の責任がある。もし、アメリカが高価で不適切な医療給付のあり方に適切に対処していたならば、組合要求のコストは今回のような破滅的な負担にはならなかったろう。2007年の組合交渉でデトロイトの車は外国車と比較して、1台ごとにおよそ1400ドルの年金と医療給付のコストを積み上げられた。
IMFの予想では2050年に世界はおよそ30億台の車を所有することになると予測されている。今日の7億台と比較すると4倍以上の驚異的な水準になる。これからの5ー6年に中国は年間生産台数でアメリカを上回る。中国は世界が現在保有すると同じくらいの車を所有することになる。そして中国は40年後には、現在世界に存在する車とほとんど同じ台数を持つまでになる。
需要がこれだけあれば、自動車産業は宝の山を前にしたようなものではないかと思われるかもしれない。しかし、現在、世界には年間9千万台の生産能力があるが、需要は好況時でも6千万台に留まっている。 GMは今回の政府との取引で14工場、29000人の労働者と2400のディーラーを失う。進化をしなかったGMはまさに恐竜のようだ。滅亡に値するといえよう。トヨタやホンダは恐竜ではない。しかし、油断はできない。自動車産業はその産業史上最大の環境変動が起きている。
それは自動車産業創生以来、フォーディズムの名で知られた大量生産様式の大転換でもある。電気自動車、水素自動車など代替エネルギーへの転換も急速に進みそうだ。すでに三菱自動車、日産、VMWなどが電気自動車の生産・販売を公表している。ガソリン・エンジンを基礎とする自動車文明は長く続いたが、クリーンエネルギーが求められる時代を迎え、参入障壁が急速に低くなり、世界的な寡占体制も大きく崩れる。業務用小型車、スポーツタイプの車など、特定分野に絞り込んだ企業など、こまわりのきく小さな企業が参入してくる余地も多い。電池産業などで優位を確立した企業が参入してくるかもしれない。
動植物がそうであるように、時代の変化に生き残るためには、産業・企業も進化が必要だ。進化は変化と同義ではない。世代を超える未来を見据え、大胆に自己変革できる企業のみが生き残る。
Reference
‘A Giant falls’ 'The Economist June 6th 2009
最近の同誌の表紙、「デトロイトザウルス壊れる」‘Detroitosaurus wrecks' は、GMに代表されるかつてのビッグスリーの大破綻をシニカルに描いたものだ。General Motors (なんと壮大な社名だろう!)は、去る6月1日付けでチャプター11の申請を行い、事実上破産した。同社創立後101年目の出来事だ。
GMは2008年にトヨタにその座を取って代わられるまで、世界最大の自動車企業として君臨し、年間9百万台の乗用車、トラックを34カ国で生産してきた。463の子会社、23万4500人の従業員を雇用し、そのうち9万1000人はアメリカ国内での雇用だった。さらに、GMは49万3千人の同社退職者に医療給付と年金給付を支払ってきた。そして、アメリカだけで5008億ドルの部品やサーヴィスを購入してきた。
GMは幾度となく危機を克服してきた。不況時には従業員のレイオフも頻繁に実施された。しかし、ひとたび景気が回復すれば、彼らは次々と再雇用された。長い先任権を確保した基幹従業員になれば、早期に退職して人生を楽しむことができたし、親、子供、孫と3代にわたり勤務する従業員もいた。GM独特の企業風土が形成されていた。ひとたび就職できれば「鉄鍋飯」といわれ、退職しても住宅から医療まで企業が丸抱えで面倒をみてくれた改革・開放前の中国国営企業を思い起こさせる。それを可能にしたのは、ビッグスリーの名が示す強力な市場独占力とビッグレーバーとして知られたUAWの交渉力だった。
破滅は地滑り的に進行した。GMは今回の再建過程で、難航していたUAWとの交渉で、重荷となっていた健康給付の負担を組合が運営する基金へ移転し、新規に雇用する労働者の賃金・給付コストをトヨタやホンダのようなライヴァルの海外工場と同等水準まで引き下げることを意図している。同じデトロイト・スリーのフォード、クライスラーは、一足先に再建過程に入っている。
GMを構築したのはアルフレッド・スローンだ。ヘンリー・フォードほどの起業家的あるいは技術的才には恵まれなかったが、組織を構築する非凡な才を発揮した。あらゆる収入と目的にかなう車を作ることを目指した。
彼の企業組織は、北米のような市場の独占を企図するには格好なものであったが、ひとたび環境が変化すると救いがたいほど非弾力的であることを露呈した。1970年代にビッグスリーが直面した危機は、良質で小型な日本車の登場ばかりが原因ではなかった。GMが、そうした変化に対応できなかったことが問題だ。 デトロイトが政府の保護を求めてワシントンでロビイングに没頭することを少なくし、日本車などに対抗できるより良い車の開発、生産に当てたならば、事態はこれほどまでにはならなかっただろう。
80年代に訪れたデトロイトのビッグスリーの某社企画担当者から、なぜ日本車が売れるのかと聞かれたことがあった。市場のニーズに的確に対応しているからではないかと答え、日本市場で販売を伸ばすには、ハンドルくらいは右側にしなければと口を滑らせたら、アメリカ企業はそんなことはできないとにべもない答で唖然としたこともあった。
さらにGMは退職者に完全な年金と医療給付を保証したのだ。これは政府にも一端の責任がある。もし、アメリカが高価で不適切な医療給付のあり方に適切に対処していたならば、組合要求のコストは今回のような破滅的な負担にはならなかったろう。2007年の組合交渉でデトロイトの車は外国車と比較して、1台ごとにおよそ1400ドルの年金と医療給付のコストを積み上げられた。
IMFの予想では2050年に世界はおよそ30億台の車を所有することになると予測されている。今日の7億台と比較すると4倍以上の驚異的な水準になる。これからの5ー6年に中国は年間生産台数でアメリカを上回る。中国は世界が現在保有すると同じくらいの車を所有することになる。そして中国は40年後には、現在世界に存在する車とほとんど同じ台数を持つまでになる。
需要がこれだけあれば、自動車産業は宝の山を前にしたようなものではないかと思われるかもしれない。しかし、現在、世界には年間9千万台の生産能力があるが、需要は好況時でも6千万台に留まっている。 GMは今回の政府との取引で14工場、29000人の労働者と2400のディーラーを失う。進化をしなかったGMはまさに恐竜のようだ。滅亡に値するといえよう。トヨタやホンダは恐竜ではない。しかし、油断はできない。自動車産業はその産業史上最大の環境変動が起きている。
それは自動車産業創生以来、フォーディズムの名で知られた大量生産様式の大転換でもある。電気自動車、水素自動車など代替エネルギーへの転換も急速に進みそうだ。すでに三菱自動車、日産、VMWなどが電気自動車の生産・販売を公表している。ガソリン・エンジンを基礎とする自動車文明は長く続いたが、クリーンエネルギーが求められる時代を迎え、参入障壁が急速に低くなり、世界的な寡占体制も大きく崩れる。業務用小型車、スポーツタイプの車など、特定分野に絞り込んだ企業など、こまわりのきく小さな企業が参入してくる余地も多い。電池産業などで優位を確立した企業が参入してくるかもしれない。
動植物がそうであるように、時代の変化に生き残るためには、産業・企業も進化が必要だ。進化は変化と同義ではない。世代を超える未来を見据え、大胆に自己変革できる企業のみが生き残る。
Reference
‘A Giant falls’ 'The Economist June 6th 2009