マイケル・ジャクソンの突然の訃報に対する世界的な悲しみ、追悼の思いと比較すると、はるかに小さな波であることはいうまでもない。なにしろ、日本でもその名を知る人すら多くないのだから。ラルフ・ダーレンドルフ Ralf Dahrendorf、 6月17日死去、享年80歳。日本ではメディアがあまり伝えていないが、海外ではかなりの追悼の論説がある。(ちなみに、私はマイケル・ジャクソンにはとりわけ悲しみの念を引き起こされない。ビートルズにはかなり惹かれるのだが。世代の隔たりが大きな原因であることはいうまでもない)。
ダーレンドルフについては一時期、集中して著作を読んだ時があった。戦前、戦後を通して、ドイツ、イギリス、アメリカなどで思想家、教育者、政治家として活躍した、この人物の生き方を具体的に知るようになったのは、彼が1974年LSE ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの学長に就任したころからだった。イギリスの名門大学が学長に初めてドイツ人を選んだという事実にも感銘した。親しい友人がいたLSEを訪れ、彼の周囲にいた人々からの話も聞いた。2度ほど講演を聴いたこともあった。BBCのレクチャー・シリーズもかなり聴いていた。
大戦前後の激動の時代に、自由を定義し、守ろうとしたその人生には、強い共感を覚える。とりわけ、自己を確立し、体制に取り込まれない生き方だ。晩年にイギリス国籍を取得し、ドイツから一定の距離を置いたその心情にもなんとなく共有できる思いがしていた。
学生時代、反ヒトラー学生組織へ加入、16歳の誕生日を獄中で迎えた。独房のマットレスに使われていた紙切れに覚えているラテン語をすべて書き記していたそうだ。晩年、世俗のことに執着しなくなったらしい。なにが、こうした人物を育てたのか。しばらく名前を聞くことがなかったが、改めてその人生に感じるものがあった。