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日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

クリスマスイブにカーディガンの話

2006-12-24 09:47:04 | 子育ての周辺
最近、皆さんは毛糸編みの衣類の洗濯はどうしていらっしゃるのでしょうか。
私は、外出着以外は、タライで毛糸洗い洗剤で手洗いします。
先日もお風呂場で何枚かを洗いました。
今日の話は洗ったものの中の1枚の話です。

カーディガン。色使いも、編みこみ模様も奇抜な1まいです。
買ったのは、随分前の、クリスマスイブの日。
頭を悩ませていました。
登校が辛い日々が続いていた娘に、「電車で街の映画館に行こう」とか「泊まりにおいで」の声が、クラスメート以外から入ったりして…。
日々の辛さから逃れるために、楽しく自分を受け入れてくれるところを探しいてるように、そう見えました。
終了式の日、午後は一緒にクリスマスケーキを作ろうね、イチゴ買っておくからね。
そういって、ワクワク感をかもしだそうと一生懸命でした。
そう、例年になく一番立派なイチゴを奮発しました。

そんな、ハラハラしながらの冬休みに、クリスマスプレゼントとして用意したのが、このカーディガンでした。
バブルが一番膨らんでいたときに、住宅ローンをスタートしたこともあり、倹約を旨とした私の、お財布感覚では、珍しくの「奮発」でした。
南欧のような、明るい色の奇抜な幾何学模様…、色白でのっぽの娘にはきっと、似合うはずだ。
少しでも喜んでくれたらいいな、そう思ったこと覚えています。
翌朝の反応?
そうは問屋がおろしません。
私の、一人相撲だったのでしょう。

あれから、もう随分のクリスマスが通り過ぎていきました。
巣立ってからは、私のカーディガンになりました。

いつかの冬に、娘がこういったことがあります。
「お母さんって、このカーディガン、満更でもないね」と。

このお母さんにとっては、あのクリスマスのときに、笑顔が見たくて奮発した1枚なのだけれど、彼女にとっては、何枚もの洋服の一枚なのでしょう。
そこのところは、取り立てて、そのことを話題にしていないから、妙に若い人用のカーディガン、毎年着ているな、そんな風に感じているのでしょうね。

自分用には買うことができないけれど、私が好きな絵柄色使い、だったのかもしれません。流行とはまったく関係ないところで、私が毎年冬になったら引っ張り出す1枚になっています。

大振りだから、手洗い大変なのですが、タライのぬるま湯の中で押し洗いをしながら、過ぎ去った事柄を思い出させてくれる一枚です。
あっ、すっかり、元気で強い子に育ったからこそ、いとしい思い出といえるのかもしれません。


コメント (1)
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