その後に入れている(入っている)予定。
母の顔をみに北陸行き。
入学式あたりの東京行き。
そして、自分へのご苦労さん、として、大阪に行こうかな、と。
かねてから行きたかったのに、ついつい先延ばしになっている。
そんなに遠くでもないから、決めればいつでも行けるのに。
だから、この確定申告後の自分へのご褒美として、決行することにする。⇒ 自分へ
① 司馬遼太郎記念館(東大阪市)
② 緒方洪庵の適塾(大阪市北浜)
③ 大阪城
ほかにも、時間があれば、歴史資料館などを訪ねたい。
司馬遼太郎ものなどを通して、何人もの主人公たちの幕末の歴史ものを読んできた。よく出てくるのが、適塾だったりする。
向学心にとんだ若者たちの集った時代に触れたい、という(ミーハーと言われるかもしれないけれど)興味から。
どの本だったかのアマゾンの読者レビューで、自分は大阪出張の際は、必ず適塾の場所を訪れています、と書いたのがあった。
どういう方かは、もちろんわからないけれど、程度の差もあるにしろ、同類っているものです。で、司馬遼太郎記念館にしても、訪問者は彼のファンだろうし、お互い会話はしなくても、似た者同士ってところが、あるものかもしれない。
大阪城は、行けば40年ほどぶりになる。秀吉の作った堀は埋められて、夏の陣の後、また作られたもの、、、とか。
(ザルのような頭になっているので、知識は抜けていくばかり。トホホ)
60代になった目で見直すのもよし、と自分に言っている。
夏の陣の前に大阪いた真田幸村が身内によせて書いた書状(本物)を信州(上田城?)で目にした時に覚えたリアル感は記憶に残っている。
城は焼け落ちて、徳川の城となり、徳川慶喜が幕末に二条城から移って身を置いていたのも、この大阪城。
そういう位置づけの城だった知った後として、改めて訪問してみたい。
そんな浅層な城ガール(苦笑)です。
友人を誘ったら、興味あるとは返信があったものの、乗り気は見えない。アッハハ
無理強いはダメだから、ひとりで出発しようと思う。
母の顔をみに北陸行き。
入学式あたりの東京行き。
そして、自分へのご苦労さん、として、大阪に行こうかな、と。
かねてから行きたかったのに、ついつい先延ばしになっている。
そんなに遠くでもないから、決めればいつでも行けるのに。
だから、この確定申告後の自分へのご褒美として、決行することにする。⇒ 自分へ
① 司馬遼太郎記念館(東大阪市)
② 緒方洪庵の適塾(大阪市北浜)
③ 大阪城
ほかにも、時間があれば、歴史資料館などを訪ねたい。
司馬遼太郎ものなどを通して、何人もの主人公たちの幕末の歴史ものを読んできた。よく出てくるのが、適塾だったりする。
向学心にとんだ若者たちの集った時代に触れたい、という(ミーハーと言われるかもしれないけれど)興味から。
どの本だったかのアマゾンの読者レビューで、自分は大阪出張の際は、必ず適塾の場所を訪れています、と書いたのがあった。
どういう方かは、もちろんわからないけれど、程度の差もあるにしろ、同類っているものです。で、司馬遼太郎記念館にしても、訪問者は彼のファンだろうし、お互い会話はしなくても、似た者同士ってところが、あるものかもしれない。
大阪城は、行けば40年ほどぶりになる。秀吉の作った堀は埋められて、夏の陣の後、また作られたもの、、、とか。
(ザルのような頭になっているので、知識は抜けていくばかり。トホホ)
60代になった目で見直すのもよし、と自分に言っている。
夏の陣の前に大阪いた真田幸村が身内によせて書いた書状(本物)を信州(上田城?)で目にした時に覚えたリアル感は記憶に残っている。
城は焼け落ちて、徳川の城となり、徳川慶喜が幕末に二条城から移って身を置いていたのも、この大阪城。
そういう位置づけの城だった知った後として、改めて訪問してみたい。
そんな浅層な城ガール(苦笑)です。
友人を誘ったら、興味あるとは返信があったものの、乗り気は見えない。アッハハ
無理強いはダメだから、ひとりで出発しようと思う。
http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/zyousetu/b1.html
京都の時は、情報を半可通で理解して、紹介のお寺に行き損ねましたが、同じミスをしないようにします。
同行二人(夫)になりました。宿は大阪城が見える好立地なので、博物館も多分便利でしょう。
旅程はワタシ担当とのことで、大阪城あたりが草むらだったころ(司馬遼太郎の「夏草の賦」のイメージ)にすでに町として発展していた堺にも足を延ばそうと思っています。