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「やる」と「もらう」は大違い

2016年06月18日 | 総  こだわりウオツチング

やる『与える』&
          得る『もらう』の言葉

 


下の記事とは何ら関係有りません。

 

 《「やる」と「もらう」》の言葉について投書欄に記事が掲載されていた。
考えさせられる記事であったため、
自分なりにウイングを拡げて考えてみた。

 

”与える”と”もらう”は正反対である。

どちらも日常生活の中で極めて重要な行為(言葉)で頻繁に使われる。

どうも「やる」という言葉の方が多くて、「もらう」ことが少ないようです。

この言葉は、あまり理解しないで使っていますが、

受け止め方によっては、 

とてつもなく大きな開きとなって相手の感情を壊すことが有る。

 

「俺が一家を養って”やる”のだ」「労働者を働かせて”やる”のだ」

「はたらいて”やる”から、儲かるのだ」という「やる」に対しては

相手の感情を壊したり憤慨させたりで、和やかな雰囲気はありえない。

上から目線の態度になっている。

親子や夫婦喧嘩が起きたり、会社では、労働争議のタネになる。

 

これがもし、”もらう”になったらどうでしょう。

「養って”もらって”いる」「働いて”もらって”いる」「働かせて”もらって”いる」となって

感謝が言葉に含まれており、その場の雰囲気は和やかで大きな開きがある。

相手に与えるニアンスは大きく異なる。

日常の様々なことがスムースに行くこと請け合いである。

一寸内容的は異なりますが、 

いい音楽(事案)だから聞けと半強制的だと、それは雑音になりる。 

どんなに自分では良い音楽(事案)だと思っていても、

興味のない人には雑音である。

得る、もらうの考え方に立って、置き換えててみたとき、

様々な面で相手に違和感を覚えさせるであろう。

自省と自戒は山ほどである。

雑音(不愉快)になっては、折角の親切心も元も子もない。

 

コメ欄は閉めています。 

 

コメント
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