ミャンマーの地方路線で長年活躍してきたLRBE、個人的にはバゴーで初めて出会った東急青ガエル風フェイスのヘロい奴の印象が余りにも強いのですが、基本的にLRBEは工場で製作する際のその場の思いつきで (流用元のトラックの形状も考慮しながら?) デザインが決まるようでもありますので、実際のデザインは千差万別です。とりわけ、今年3月の「斎藤さんツアー」で出会ったLRBE56は、徹底的に実用に徹し、どこかの保線用巡視車をカワいくアレンジしたような雰囲気です☆
ただ、先月の「インドネシアの宴」で「茶」様から伺ったところによりますと、どうやらMRとしては「このような簡素な車両が走っているのは恥ずかしいので見られたくない」と考えているようです。そこで、ヤンゴンから日帰りしやすいバゴー~ニャウンカシーが真っ先に札沼キハ48となり、マダウも3月の時点での名鉄に続いて松浦も入線しているのだとか。
そこで、約4年半前の初訪問時にバゴーでLRBEに大はしゃぎしてブログにアップし、その内容が大いに注目を集めた者として、何とも複雑な気分にならざるを得ません。LRBEの存在そのものは元々、某有名メーカーの偉い方が運営されているサイト (去る6月の斎藤・杉林さん講演会の際に判明!) 等の情報で静かに知られており、私もその情報をもとに、初訪問時バゴー観光のついでに撮れないものか期待していたものです。とはいえ、日本国内で本格的にLRBEがブレイクした一つのきっかけは、当ブログの記事である可能性が大きいようですので……。私個人としては単純に、創意工夫でこのような、たとえボロであっても末端での使い勝手の良さが光る車両が活躍していることの面白さに魅了されたものであり、それはまさに日本国内でローカルめぐりをする感覚と全く同じだったのですが……。しかし政権交代以来、とにかく一刻も早く軍事政権時代の旧弊と停滞から脱したいと考える新幹部からみて、LRBEの存在そのものと、日本人ヲタがLRBEに向ける視線は、どうにも鬱陶しいものに思えたのかも知れません。
もっとも、既にRBEが増え、本線格での大量輸送はキハ40系列で間に合うようになりつつあるほか、ヤンゴン環状線の電気式DCの入札が行われようとしている現状では、RBEが急速にLRBEを駆逐するようになるのは時間の問題でもあったとも解釈できます。ミャンマー開国、RBE大量購入、そして「LRBEを見られたくないので引退させる」タイミングが集中したのが、ここ4~5年の目まぐるしい流れであったかと思います。ヤンゴン市内バスからの日本中古車完全消滅も時間の問題となりましたし、開国以来のミャンマーの動きは、あらゆる面で天地がひっくり返る勢いであるとしか言い様がありません。余りにも暑くまったりとした時間の中に、全く別の目まぐるしい時代精神が駆け巡っているという感じでしょうか……。
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