日本の鉄道趣味の底力は、たとえ外国のネタであってもその国の関係者や趣味者が想像もつかないほどの著作を生み出すところにあると思うのですが、そんなことを改めて強く思う逸品として、このたびサークル「中国鉄道時刻研究会」から『中国鉄道時刻表 (2014年夏・Vol.1)』が発刊されました! 発売開始は、参加者の凄まじい熱気のためにホール内に雲が発生するといわれる某お台場巨大イベントでのことでしたが、個人的にはこのイベントは訪問したことがなく、訪れた瞬間に熱中症で倒れそうな気分になりそうですので (笑)、どうせ書泉に並ぶだろうと割り切って一昨日無事ゲット! 購入時点では約20冊が平積みになっていましたが、果たして今頃は……。
ところで、この時刻表は一体何が凄いのかと申しますと……CNRの列車時刻が完全に日本式に並べられていること! もともと中国では、CNRの子会社である中国鉄道出版社が長年来『全国鉄路列車時刻表』を定期的に刊行しており、90年代前半くらいまでの列車本数が全然多くなかった頃は路線ごとに割とよくまとまった内容でありましたが、一方で停車駅が少ない直快・普快 (急行) 以上の列車と直客・普客 (鈍行) では全くページが分けられており、緩急両方参考にしてマイペースで旅行するには少々面倒なものがありました (まぁ当時既に、鈍行なんて地元民専用列車でしたので、実用的には問題なかったのでしょうけど)。ところがその後、列車の本数が経済発展とともに激増し、様々な方向への直通運転が増え、かつ種別も千差万別となるにつれ、同じ路線を走る列車が全く異なるページに掲載される程度が甚だしくなっていました。旅行の携行にも便利なB6サイズのコンパクトで限られた誌面に膨大な列車を掲載する以上、徹底して省スペースを追求すると、結果的にそうなってしまうわけですが……。そこで、主要駅を利用する外国人にとって最も標準的な見方は、まず巻頭の「大站時刻表」でお目当ての行き先に至る列車を探し、指示されたページを見ることになるわけですが、これはどちらかと言えば飛行機や高速バスの時刻表的な発想であり (まぁ実際、CNRは高速化するほど飛行機に近い利用法になりつつあるのですが)、路線ごとの運行状況を綿密に確認したい日本的鉄ヲタ脳の持ち主にとっては年々煩悶が深まるという問題がありました。
それを一気に解決するべくこの時刻表が採用したのは、ズバリ「日式」! 既に、外国の種別ごとに分かれた時刻表を「日式」に改めたものとして、『日式台湾時刻表』がありますが、個人的には台湾程度ならわざわざ日式を使わなくても何とかなるかな、と思っているのに加え、何と言ってもあの薄さで1000円とは高い……。というわけで、台湾のそれはまだ買ったことがなかったのですが、台湾よりもはるかに路線ごとの一大集約が待たれていた中国について「日式」が現れ、しかもB5・240頁の堂々たるボリュームで1900円とは間違いなく安い!! 膨大で複雑怪奇なCNRの運行形態を解析したうえで時刻表作成ソフトで路線ごとの基礎フォーマットを作成し、そこに数字を丹念に打ち込んで行くという献身的な作業を考えただけでも、これは間違いなく「人民のために服務する」「自力更生・刻苦奮闘」の境地で滅私奉公する崇高なヲタ精神の賜物であるとしか考えられません……。主編の何氏(私も以前、中国鉄オフ会でお会いしたことがあります)は在日新華僑でおられますが、ご両親と共に来日された子供時代から日本の学校教育を受けてどっぷりと日本の鉄ヲタ文化に浸っておられ、さらに編集協力者各位も日本人鉄ヲタでおられることは間違いないでしょうから、これは明らかに奇書『中国鉄道大全』に引き続き「中国にありそうでなかったものを日本在住鉄ヲタの底力が創りだした」ものと言って良いでしょう。
以前『中国鉄道大全』が出版された際、そのウワサはネットを介して中国にも伝わり、「我々が欲しいと思っても到底手に入らないものを、あるいは我々が先につくるべきものを、何故小日本が作ってしまうのだ!! クヤシー!でも欲しい!」という怨嗟めいた悲鳴が上がったと側聞します。恐らくこの『中国鉄道時刻表』も、中国にその存在が伝われば間違いなく、中国の鉄ヲタが限りないショックを受けることになるでしょう……(そして、巻頭と巻末の日本語による読み物&ガイドを除けば、基本的に漢字と数字の羅列ですので、意外と中国から購入希望の引き合いがあるのでは?)。
個人的には時刻表そのものの圧倒的な内容もさることながら (京広線下りだけで10頁近くを割くのは圧巻。また、かつて陸の孤島であった福建に向けて動車が頻繁運転するようになったのは、他のエリアにおける高速専線の繁栄以上に、ここ20年で最大の変化でしょうか?)、緑皮車大好き人間のはしくれとして、何氏のオンボロ緑皮車に寄せる愛に感じ入った次第です。とくに、春節輸送に駆り出された緑皮車を乗り継ぐレポートはある意味でハードコアで圧巻ですし (モスクワ行き国際列車に用いられていた18系客車が臨客に落ちぶれているというのは衝撃的発見では?)、黒龍江省のチチハルからCNR最北端の漠河・古蓮に向かう普客6245レが、1頁の上から下までダーッと数字がならぶ飯田線鈍行のような存在として描かれているのも、ある意味でこの時刻表における最大のこだわりなのでしょう (笑)。同じ路線の列車を全て同じ表に載せるという本書のこだわりを以てしても、全国的に衰退の極みに陥った普客しか停まらない小駅のためにスペースを増やすのは得策ではなく、普客は他の優等列車と同じ表にまず主要駅のみ掲載され、さらに別表として全停車駅を載せるという方式がとられています。しかし、この6245レが走る路線は、優等列車が割と小まめに小駅にも停車することから、最初から全駅を表記した表に優等・普客が記載されています。この結果、この路線が載っている52・53頁が最も日本の時刻表に近い雰囲気になっているわけですが、裏を返せばそこまでCNRで小駅が高速化・複線化とともに廃止 (または旅客営業休止) されている現実を知ることが出来るわけです、はい。
というわけで、オチも何もありませんが、こんな奥が深い時刻表の出現を記念して、手持ちの緑皮車画像のうち未公開なものをアップしておきます (1枚目は、80年代の末に登場して耳目を驚かした北京~上海直達特快用空調YZ22が、落ちぶれに落ちぶれて北京郊外のローカル線[既に旅客営業廃止]で用いられていましたの図。2枚目は、瀋陽駅南の事業用車だまりに潜入して満鉄客車や22系客車を撮りましたの図)。しかしまぁ、これらも2006年に撮影したもので、最近は時間もなければ、そもそも出張もないということで、全然中国とは御無沙汰です。まぁ昔ほど面白くはないので全然どーでもいいやと言えばそれまでですが、やはり緑皮車の最後の巣になっている東北をのんびり旅行したいなぁ~という微かな願望はあります。まぁそれも多分実現しないでしょうけど (汗)。