地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

07年GW・奥の細鉄 (10) 銀河鉄道の夜

2007-05-31 00:07:07 | 地方民鉄 (東北)


 一ノ関からさらに盛岡へと北上し、駅ビル内で軽く腹ごしらえした後は、いよいよこの日の最終ランナーとして、IGRいわて銀河鉄道 (以下IGRと略)→青い森鉄道の快速に乗って八戸へ向かうことにしました。もちろん、仙台から新幹線で一気に八戸まで向かえば、運賃+特急料金を合わせても、在来線をわざわざ使う場合に比べて大幅にリーズナブルですが、地味に濃いぃ鉄道趣味 (^^;) を掲げる者としては是非、新幹線開業によって三セク化を余儀なくされた盛岡=八戸間の現状を確かめてみようと思ったのでした。
 なお、この区間はJR時代に「北斗星」で通過したことがあるだけですので、盛岡以北から青森県内を目的地として利用すること自体はじめてです (^^;)。まぁ、ご挨拶のようなものだということで……。
 それでも、701系 (IGR7000系または青い森700系) に乗るために高い運賃を払わなければならないというのは最大のネックですね (↑の画像は、たしかに運賃を払って乗ったことの証拠として、乗車中にデジカメで撮影したものです ^^;)。青春18きっぷの変わり種バージョン「北海道・東日本パス」でしたら全くフトコロも傷まず、701系のロングシートでも文句を言えないでしょうが、やはり普通運賃は高い以上、JRからの譲受ロングシート車ではなく、三セク化時に新造されたセミクロス車でないと困ります (爆)。幸いにして、盛岡駅に入線してきたこの日の103Mはセミクロス車で、ホッと一安心……(^_^)。



 ただ、IGR盛岡駅の光景は、JREからお払い箱にされた不採算路線の悲哀を感じずにはいられないものでした……。JREの構内は、コンコース・改札・ホームなど全てに余裕があるのに対して (そりゃそうだ)、新設されたIGRの改札は、ヨソ者には分かりにくく狭いスペースにあるだけでなく、ホームも短めな1面2線……。そんな空間に、仕事&学校帰りの客がワンサカと押しかけ、狭いホームは人で埋まっていました。そして103Mも2両編成ですので、発車時は当然満員! 私も最初は座れませんでした。さて、売店で買ったビールを、ヌルくなる前に一体どうやって飲もうか? (爆)
 幸いにして、その問題は2つ先の厨川で解決! ボックスシートに座っていた通勤客の方が降りて下さったおかげで無事席を確保し、ビールをシュパッと開けてほろ酔い加減になりながら、車内の様子を観察することができました (^o^)。
 最初は満員だった客は、盛岡近郊区間の各駅に停まるごとにどんどん降りてゆき、特に渋民と好摩では大量に下車。たとえJREに捨てられようとも、IGRが岩手県北部の重要な交通機関として機能していることが確認できます。ところが、ワンマン運転で最前部のドアしか開かないため、どんどん遅延が拡大……。沼宮内で車内は相当スカスカになってしまいましたが、遅延も4分と相当なものになってしまいました。
 そこで、沼宮内を発車して快速運転に入りますと、運転士から「この先八戸で特急つがる29号にお乗り換えの方がおられましたら、至急運転士までお知らせ下さい。八戸駅で連絡時間を確保してもらうよう手配します……」とのアナウンスが。私は「新幹線を使えば、単に速いだけでなく、直通運賃+特急料金乗り継ぎ割引の組み合わせもあるし……IGRを使って八戸以北まで行く人がいるのだろうか?」と思ったのですが、単純に金銭面だけをとれば盛岡〜青森間はIGR経由の方が少々安いんですよね (^^;)。そして、実際にそのような利用客が複数……。
 乗客からの申し出を受けた運転士氏は、奥中山のサミットへと駆け上がるために激しく唸るモーターにさらにムチを打つかのようにノッチ全開! にわかに信じがたいほどの猛スピードで、103Mは暗い森の中を走り抜けて行きました。もちろん、一番デンジャラスだったのは奥中山越えでしたが、その先の区間でも全く手を緩めずに激走し、IGR→青い森の境界である目時を通過したのもほんの一瞬! 暗闇の中に辛うじて待合室が浮かんでいるのを確認した程度でした。
 とにかく猛烈な走りに唖然としていると、やがて眼下には八戸の街の灯が! そして、運転士氏のアナウンスでは、遅れを約1分半まで回復したとのこと。いやー速い。
 時刻表上でも、沼宮内→八戸間の103Mの表定速度は約75kmと、急行くりこま並みであることが確認できますが、この日の回復運転は確実にそれを上回っていました。209系やE217系のような、壊れそうな走行音の「走るんです」初期シリーズとは全く異なる701系の意外な力強さを思い知らされるとともに、長野支社115系と同じようなボックスシートを使用している701系セミクロス車の乗り心地はそれほど悪くなかったことから、「何でこの電車、最初からセミクロスで造らなかったんだろう……。全車セミクロスだったら全然評価も変わっていただろうに」と思ったのでした。
 八戸ではもう、駅前のビジネスホテルで寝るだけ。というわけで、103Mとして乗ってきた編成 (上の画像) と、三戸行最終列車with臨時つがる485系をバルブ撮影し、IGRと青い森鉄道を乗り通した記念としたのでした。うーん、103Mのひとときが余りにも濃すぎて、毛嫌いしていたはずの701系すら撮影してしまったではないですか (爆)。

秩父1000系・緑の盆地をゆく

2007-05-30 00:21:12 | 地方民鉄 (秩父)


 昭和40年代前半の作品である455系はついに廃車への道をたどりつつありますが、昭和30年代の作品である101系改め秩父1000系は相変わらず元気! 先日の秩父イベントのあと武州原谷に行ってみたところ、スイッチャーが全く姿を現さず空振りに終わってしまいましたが、せっかく久しぶりに秩父谷に足を踏み入れましたので、武川まで戻る前に黒谷で少々撮り鉄することにしまして、1000系の活躍を撮り貯めることにしました。前回1000系を撮影したのは真冬の武州荒木でしたので、こうして新緑が濃くなりゆく中で撮ると、まったく違った趣があります (^^)。
 しかも、このとき偶然やって来たのが1001F! 先頭のデハ1001と中間のデハ1101は昭和36年=1961年製ですから、今年で何と車齢46年!! 何とか老体に鞭打って頑張って頂き、車齢50年の大台を目指して欲しいものです!



 いっぽうこちらの画像はアウトカーブからの後追い。パンタの中央がちょうど架線柱に引っかかってしまいましたが (爆)、背景の構内灯の形状などとも合わせ、いかにも秩父らしいシーンで気に入っているカットです (*^^*)。
 それにしても今回、ひろせ野鳥の森→大野原→黒谷→武川→羽生という行程をすべて1000系で乗り通してみますと、いやー本当に乗りでがありまして、「これでもか!」というほどMT46三昧に溺れることが出来ますね! (^O^) とくに、暑くも寒くもない季節ということで非冷房の中間車・デハ1100に陣取りまして、お約束通り (?) 窓を開けてみますと、ひときわ大きなサウンドが爽やかな薫風とともに車内に入ってきます。そんな車内から、移り変わりゆく緑の車窓や、たまに眼にする見事な花々を眺めていますと、「あーやっぱり秩父って良いなぁ!! 1000系サイコー!!」と心の底から思わずにはいられません。
 さてと、次はどこで1000系を撮ろうかなぁ……と、最近はそんなことばかり考えています (でも延び延びになってしまうのが悲しいところ ^^;)。

07年GW・奥の細鉄 (9) 455系@一ノ関

2007-05-29 00:02:34 | 国鉄型車両


 仙台からは、今回の撮り鉄旅の最終目的地に向けさらに北上したのですが、時間節約のため一ノ関まで新幹線でワープ! (爆) 普通列車でダラダラ北上しますと、石越で30分、一ノ関で1時間の乗り換え待ちが発生してしまうためとはいえ、いやぁー仙台から30分少々で一ノ関に着いてしまうとはラクですなぁ……。「在来線を出来るだけ使う派」としては後ろめたいのですが、すっかり時間を金で買うトシになってしまいました (^_^;
 それにしても、岩手県まで来ると本当に風景が違うなぁ……と思います。北上川沿いの盆地と、それを取り囲む山々の様子がどこまでものびやかで雄大ですし、空気ももちろん透明! 緯度の関係からか、黄昏の日射しもことのほか鮮やかに見えます。そんな光景を、降り立った新幹線のホームから眺めていますと……何と眼下の留置線には、3月のダイヤ改正で運用を離脱して疎開中と思われる455系が! 



 広い風景に広い構内。その中にひっそりと廃車回送を待つ455系の9連……。塗装こそ違えども、かつては二段窓がズラリと並んだ堂々たる長大編成が、東北急行の雄としてみちのくを駆け抜けていたという古き良き光景が、にわかに眼前に広がっていました! 
 当時みちのくを訪れる機会がなかった私にとって、それはあくまで時刻表の中でしかしのぶことが出来ないものでした。駿足王として伝説となっているという急行くりこま、そして遠路はるばる上野から北を目指していた急行いわて……。ところが、突如目の前で、これから廃車になる運命を控えた455系たちが、最期の最期になって「当時はまさにこんな雰囲気だったのだ!」ということを誇らしげに語りかけているのですから、思わず胸が熱くならずにはいられませんでした……。
 それだけに、貫通扉に貼られた「危険・近寄るな」なる貼り紙には、「一体どこが危険なんだ……」という思いを禁じ得ません (-_-;)。それでも、そんな小細工も結局はどうでもよくなるほど、455系の姿は余りにも威厳に満ちていました。
 古き良き国鉄急行黄金時代の栄光を担ってきた455系。その最後の場所のひとつが一ノ関駅であること自体、じつは絶妙なめぐり合わせなのかも知れません。

琴電27+28、ついにさよなら運転へ

2007-05-28 10:27:26 | 地方民鉄 (琴電)


 きのう多くの人出で賑わった京急久里浜工場の片隅には、琴電の冷房化率100%達成を担うために改造中の旧1000形があったはずで (見えたのでしょうか?)、いよいよ来月下旬に琴電に入線するとか。その結果この夏ついに、長尾線の増結運用の一端を担っていた315号と、志度線での予備車として最後の活躍を続けていた30形・27+28号が引退するはこびとなりました……。
 すでにこの話題は『四国新聞』記事をはじめネット各所で語られるところとなっており、特に産業遺産としての価値が高い5両の動態保存が確定しています。いっぽう、ドアの位置が原型から変更されている315号と、純粋に京急230形の姿をとどめているわけではない27+28号は、たぶんまず生き残れないだろうなぁ……と予想していたのですが、やはりその通りとなってしまいました。具体的なスケジュールが明らかになったことで、今年の夏は再び高松に行かなければ、と思っています。



 それにしても、戦前の私鉄電車の粋ともいえる優雅なスタイルを保ってきた30形がついに……と思うと、本当に寂しいです (T_T;;)。ひところは志度・長尾線の日中のほとんどがこの車両だったということで、かつての琴電を知る人々の間では決して「当たり」ではなかった、という昔話も聞きますが、大師線で辛うじて現役だった頃に乗った記憶がなく、高松は貧乏学生時代はるか遠い場所だった私から見ますと、ホントによくぞ奇跡的にこのスタイルが残っていてくれたものだ!という思いでいっぱいです。
 そこで、昨年立て続けに訪れた際には、27+28も当然激写しました! (他のネタを先にアップしたために、いつの間にか27+28の活躍をご紹介するのが後回しになってしまいました ^^;) とくに、11月のイベントの際……前日大阪から高松に入り、ぱれっとさんと美食プチオフ会をした翌朝、疲れもなんのそのという感じで早起きをしまして6時20分頃に瓦町駅に行ってみますと……何と一発目で27+28登場!! 志度までの約40分間、あの大きな窓から、美しい朝焼けの風景や清々しい海辺の輝きを眺めるという釣掛ロマン旅を楽しんだあと、午後の仏生山イベントに参加するまでひたすら27+28を撮り続けました (^_^)。いやはや、予備車なのに偶然運用に入っていてくれて本当にうれしかったですね……(*^_^*)。
 そんな愛しの27+28、果たして京急塗装を復活!というサプライズはあるのでしょうか?? いっぽう、あくまで妄想なのですが、原形をとどめていないという点では65号も同じですので、せめて27号か28号のどちらかでも動態保存に追加してくれれば……と思うのは贅沢すぎるというものでしょうか。 (フトコロ事情が十分回復しているとはいえない琴電だけに、どちらもあり得ないですかね……^^;)

広瀬川原・機関車の宴 (番外) 貨物全面運休

2007-05-27 13:25:00 | 貨物列車 (民鉄)


 広瀬川原のイベント会場も11時を過ぎるといよいよモーレツな人口密度となりましたので、こりゃかなわんと退散 (^^;)。せっかくなので他の沿線スポットでまったりと撮影を楽しもうと思いまして、1000系に乗って移動しました。
 当初の目的地は、かねてから訪れてみようと思いながらも機会がなかった武州原谷。ここに生息する赤いスイッチャーを撮るのが最大の目的です。
 一応、今回訪れる前にチェックしたネット情報によると、どうやら三ヶ尻のセメント工場がメンテナンス期間に入って鉱石列車が全面運休しているとのこと。ホントかよ……と思いつつ、寄居、長瀞、皆野……と揺られていますと、いつもなら30分〜1時間間隔でやって来るはずの鉱石列車と本当にすれ違わないという初めての経験を味わってしまいました (汗)。それでも、せめて扇町からの石炭列車ぐらいは来るだろうから、武州原谷のスイッチャーも表に出ているのでは?と期待してみたのですが、黒谷から坂を登って武州原谷を通過するときに目にしたのは、スイッチャーも検修庫の中……。完全に期待がハズれてしまいました (-o-)。



 というわけで、改めて羽生行に乗って、今度は武川へ! 武川駅は秩父におけるELの運用上の拠点となっており、いつも検修庫の周辺で2〜3両のELが憩っていたり、ヲキ編成が良い雰囲気で運転停車していたり……という理想郷ですが、この日の往路の車窓からは、さすがに鉱石列車が全面運休しているからか、やたらとELが大量に停車しているスゴい光景が……。
 そこで、羽生方面へ戻って「ぱれっと」さんと合流する前に、少々武川で途中下車のうえ (いやー秩父路遊々フリー切符は使い出があります ^^)、デキ大集合の様子を激写してみました。いやはや……大量のELが等間隔で寝ている光景を眼にすると、やはりある種異様な存在感がありますね (^^;)。その数ざっと9両!! 
 うーむ、このうち4両ほどをイベント会場に回送し、毎年7月の定番になりつつあるパン上げ4重連を再現してくれれば面白いのに……と妄想 (^^;;)。
 なお、これらのカットを撮影しているあいだに、急に空が暗くなり雷鳴が……ついには雨が降り始めてしまいました。そこで「ヤバい!」と言いつつ速攻で撮影し、ダッシュで武川駅に戻ったところ……午後3時過ぎ、バケツをひっくり返したような土砂降りに! その後乗った1000系は、持田駅でドアを開いたところ猛烈な雨が車内に吹き込み、あっという間に水浸しになってしまいました (爆)。